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vol.109
DJ SASSE
2007-11-27
レーベル10周年おめでとうございます。最初はPAN SONICのサブ・レーベルからリリースを開始したと記憶していますが、自身でレーベルを設立するまでの経緯を教えて下さい。
- 沢山の曲を作って、それらをどうすべきか、誰に送るべきかということで色々と大変な思いをしてきたあとだったし、(レーベル設立は)割と簡単なステップだったよ。Moodmusicを始めて、プロダクション、プロモーション、レコードのプレッシング…全てを行うのは自然な成り行きだったね。
- レーベルを設立した最大のメリットは何ですか?
- 個人的には完全にやりたいことを、やりたい時、やりたいようにやれる自由さだね。ちょっと変に聞こえるかもしれないけど、他のレーベルと作業するのも好きなんだ。アーティストとすれば、レーベルと仕事をして、レーベル業務はそっちにをお任せする方が楽だよね。でも自由にトライできる、そして周りに自分のレコードをリリースしてもらおうと必死にならなくてもいい、そういう自由さを楽しんでるんだ。それと仕事をしただけ、スタジオや生活も良くなるっていう、経済的なメリットもあるしね。
- これまでで一番売れたシングルは何ですか?また、MOODMUSICが一番売れている国はどこでしょう?
- うーん、素晴らしいDirt Crewのリミックスを含んだ"Soul Sounds" かDJ Tと共同プロデュースでやったFreestyle Man vs. DJ Tかな。セールスについてはドイツが1番だと思うけど、UK、フランス、日本も大きなマーケットだと思ってるよ。
- レーベルがスタートした頃はあなたひとりが様々な名義でリリースをしていますが、当初はほかの人の曲をリリースするつもりはなかったのでしょうか?
- えっと、僕にはいろんな方向性の曲があったからね。最初は、Moodmusicでは自分の中で、中心ラインから外れた曲をリリースするつもりでいたんだ。でも次第によいデモが来るようになったし、一緒に働ける有能な人々とも出会った。それで自然な成り行きで今のようになったんだよ。
- あなたが使い分けている名義はソロだけでも本名以外に8つあります(FREESTYLEMAN、MORRIS BROWN、WINSTON FLETCHER、ZOOM、SASSE、COCAMOTO EXCLUSIVE、SASSOMATIC、THIRSTY MONK)。COCAMOTO EXCLUSIVEはリエディット用の名義だと思いますが、ほかのキャラクター設定は明確に分かれているんでしょうか?
- そうでもないんだ。前は作った曲がどのプロジェクトに収まるべきか、変名の略歴にどうフィットするかなんて考えたりもしたんだけどね。基本的にはこれら全ての変名の背後で曲を作っていたかっただけで、自分から前面には出たくなかったんだ。恐らく10年前にみんなが僕一人でこれらの曲を作ってるって知ってたら、あまりよくなかったと思うんだよね。ほんとに。
でも、今では2、3の変名しか使わない。例えば、Cocamoto Exclusivoをディスコ・エディット用とか。だからどの名前を使うかも決めやすくなったよ。今は多くのクラブユースなプロダクションはSasseだね、だから僕がやることもその名前で追っていける。でもたぶん、他の名前もいつか戻ってくるよ。すぐだといいけどね(笑)
- Mr. NEGATIVEはエレクトロ・クラッシュに反応してできたユニットですか?この名義でMOODMUSICからのリリースがないのはなぜですか?
- プロジェクトとして見た時のMr. Negativeは数年前の音楽へのリアクションなんだ。エレクトロ・クラッシュとか、好きなように呼んでもらって構わないよ。僕と、Olivier Spencer、Holmar Filipssonでそのとき流行の音楽シーンでちょっと遊んでみようってことになって、それがいい感じになったんだ。あのプロジェクトは楽しかったし、時代の趨勢によっても変わらず残っていくものだと思うよ。UKでFine/Four Musicと契約したから、(この名義では)Moodmusicでは何もリリースできなくなったんだ。でもそれでよかったのかもしれないって思うんだけどね。僕らは莫大な契約金だけ貰って、彼らのとこから逃げ出したんだよ。金を奪って、そら走れ!ってね。
- HENRIK SCHWARZとはどのようにして出会ったのでしょう?また、彼とあなたのユニット、ASSHOLE & GENTLEMANについて教えて下さい。
- 1999年か2000年にFriedrichshafenでの伝説的な「Ju-Juセッション」で会ったんだ。HENRIKはレジデントであり、オーガナイザーの一人でね。コンスタンス湖の辺での素晴らしいパーティーだったよ。まさしくジャムセッションと言えるような、house、techno、funk、jazzやそれらを折衷した音楽がプレイされていたんだ。それは斬新なもので、オープンマインドな人たちが一緒になって週末にジャムってたって感じだったね。時々、週末はちょっと伸びたりもしたけどね。だから僕らもそこでHENRIKとジャムセッションをしてて、それで彼とのプロジェクトが始動したんだ。Asshole & Gentlemanは数年後ベルリンでのセッション・レコーディングの時に知り合った。ヘンリク達とのセッションには、これから仕上げるつもりの未発表音源も沢山あるんだ。だから要チェックだよ!
- レーベルの運営や個人的な音楽制作を含め、最も辛かった時期というのはいつでしょう?
- うーん、それはたぶん返答できないな。辛いことが起きた時には、いつも必ず次の日に明かりが差し込むもんだからね。だから最も辛かった時期があっただなんて思ったことはないし、上昇下降の繰り返しで、ゲームの一部みたいなものなんだよ。どんな時でも楽しんでるし、全て辞めちゃおう、なんて思ったときだって(思っても数秒だけど)、楽しんでるんだ。
- これまで発表してきた曲で自己ベストだと思うものを5曲挙げて下さい。
- こういう質問にはほんと弱いんだよ。うーん、たぶん自分で最も誇りに思ってるのは、"Offenbach Am Main"、"My Thing"、"Loosing Touch"、"Que Domingo Inquieto"、それと"Escape From Turku"かな。
- あなたの音楽の中心にはDEEP HOUSEが常にあります。何がきっかけでそこまでDEEP HOUSEに強く入れ込むようになったのでしょう?
- ルーツだからね。80年代後半、最初の数年はDJとして普通のクラブ・ミュージックをプレイしてて、それからシカゴ、NYハウスに出会ったんだ。それがあまりに強い衝撃だったから、自分はその影響下にあって、新しい刺激で変質するようなことがなかったと思うんだ。
- 90年代のDEEP HOUSEと、00年代のDEEP HOUSEで最も違う点は何でしょう?
- もちろんまず音が違うね。今ではみんなプロデュースの技術を駆使して、結晶のようにクリアな音を目指してるけど、でも僕にとってはそれはDEEP HOUSEじゃないんだ。ハウスはいつもダーティーでファンキーでなきゃね。
- DJミュージックに興味を持つ以前はどのような音楽に惹かれていましたか?
- 僕が10代の頃は、80年代のフィンランドではポップミュージックか、ほんとにひどいヘヴィロックしかなかった。だから僕はポップミュージックを選んで、Pet Shop Boys、Heaven 17のような80年代のバンドに興味を持ってた。でもほんとに何も魅力的なものはなかったよ。ただ10代のための音楽があったっていう感じだね。
- 現在の活動拠点はベルリンだと思いますが、フィンランドの風土があなたの音楽に影響を与えたことは何かありますか?
- よく知られているような、フィンランド人の作曲家に共有する資質であるメランコリックな感覚は、いくらか備えてるんだと思う。前面には出てないけど、自分のサウンドの中にも、みんなが僕の母国を思い起こすようなものが、まだあるんだろうね。
- DJなどでまだ行ったことがない国はありますか?また、行ってみたい国や都市はありますか?
- オーストラリアには是非行ってみたい。でも、すごく遠いよね。スタジオと家族のもとにすぐに戻りたいから、DJする場所ではあまり長く滞在しないようにしてるくらいなんだ。それと南アメリカにも行ってみたい。出来ることなら来年早々にも是非。その時を楽しみにしてるよ。
- 最後にお好きな政治家をひとり挙げて下さい(できれば現役で)。
- きっとアメリカの次の大統領だろうね。もちろん今は誰になるかまだわからないけど、でもブッシュがここ数年でやってきたことよりもいい政治をしてくれることを願ってるよ。きっと50年後に僕らが時代を振り返るとき、ブッシュ政権は犯罪者のように見なされてるだろうね。
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