
日本では昨今のHOUSEシーンにおけるDUB HOUSE系のムーブメントと共に再評価されたBALIHUレーベルのオーナーでありDISCO DUBというサウンドのオリジネーターであるDANIEL WANG。彼の創り出す独特な質感のサウンドや、80年代のアンダーグラウンドなクラブを思わせる怪しい雰囲気に満ちた楽曲は、多くのアーティストにインスパイアを与え、ハウス界で10年以上のキャリアの中、多いとは言えないリリース数にも関わらず、絶えずリリース作は支持を得ており、過去タイトルの人気も衰えを見せません。前衛的なサウンドを好むようなテクノ系のファンからも支持を集める彼の作品ですが、彼のクリエイトするサウンドは決して奇抜なものや、派手なものを感じさせず、むしろどこか懐かしくノスタルジックな感覚を与えます。しかしながら懐古趣味のガラージ回帰とも違い、愛を歌うようなVOCALが入るわけではありませんが、楽曲にはソウルミュージックのような温かみと愛情が溢れていて、独特な高揚感を持っています。ハウスは愛の音楽だと言うけどまさにそういう感じです。
そんな彼の作品や音楽への愛がひしひしと伝わってくるインタビューです。基本的には控えめで謙虚な人柄ながら考えや意見をはっきりと持っていて、自分が言うべきだと思うところはしっかりと話してくれます。彼は現在のシーンに批判的な部分も持っていますが、それはとても強いクラブカルチャーへの愛情から来ているのですね。
TEXT: YUI TAMURA(JET SET NEW YORK OFFICE)
D): DAINIEL WANG / J): JET SET RECORDS
J): こんにちは。ダニエルさんは今年NYからベルリンへ引っ越したんですよね?今年は凄く暑かったらしいけど…?
D): 本当に暑かったよ。公園じゃ皆裸なんだ。
J): どうしてベルリンへ引っ越されたのですか?
D): 理由は色々なんだけどまず第一は愛のため。今NYではゲイの生活っていうものが商業化されていて、多くの人はドラッグや浅薄な事へ没頭しているんだ。勿論ベルリンでも同じことはあるけど、ベルリンでのゲイの生活はとてもオープンで、1902年には既にたくさんのゲイ・クラブが営業していたくらいなんだ。それにベルリンの人達は男も女もかっこいいしね。第二にはNYより物価が安いことだね。NYでは地価が上昇してて狭い1ルームに
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JET SET PRESENTS "route"
DANIEL WANG: KOBE-OSAKA-KYOTO TOUR
10/25(SAT) 神戸 PI:Z
OPEN/START 22:00 - ALL NIGHT
DJ/ TOMOKI TAMURA(HOUSE FUSION) / MASAKI /MARCO / MIYAKI(JET SET)
VJ/ MICRO MICRO
10/27(MON) 大阪 FLATt
OPEN/START 22:00 - ALL NIGHT
GUEST DJ/ KENJI HASEGAWA(GALLERY) / EYE(V∞REDOMS)
DJ/ NAPALM TADOKORO(NUOOLON)
VJ/ BetaLand(FLOWER OF LIFE)
10/28(TUE) 京都 METRO
OPEN/START 22:00 - ALL NIGHT
GUEST DJ/ YOKU(A HUNDRED BIRDS)
DJ/ BAN(JET SET) / TAKAO
VJ/ MICRO MICRO
前売 ¥2,000(1DRINK) / 当日 ¥2,500(1DRINK)
前売チケット取り扱い: JET SET 各店舗/各クラブ
INFOMATION: JET SET (075-253-3530) |
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900ドルも払ってたんだけど、ベルリンでは大きい部屋3部屋で450ユーロなんだ。良い音楽を作るには広い場所が必要だよ!で、第三の理由として、NYの音楽のシーンは皆が思っているようなクールなものに思えなくなったんだ。皆はまだPARADISE GARAGEやSTUDIO 54など昔の幻想にとりつかれてるようだけど、音楽の質は25年前と比べ下がってきていると思う。世界中から良い音楽がリリースされているし、良いものはNYだけじゃないよ。
J): なるほど。そう言えばベルリンへ引っ越すアーティストが増えてるとも聞くんですが、本当ですか?
D): 2週間前に引っ越したんだけど、ちょうどDAN CURTINとRICHIE HAWTINも引っ越してきたよ。今、町は新しい可能性で満ち溢れているね。
J): US TECHNOの重鎮二人が、それは興味深いですね。それにしてもまだ引っ越したばかりなんですね。ベルリンでの生活はどうですか?
D): 面白いよ。ノミ市では未だに1ユーロでクールなニューウェーブや70'Sのソウルが買える。NYのバーじゃNY州立大学の学生が皆おそろいでGAPやH&Mを着てるけど、ベルリンのバーはポーランド人やトルコ移民なんかが日曜の1時まで踊ってたりする。
J): バーで日曜の1時まで!ベルリンでのパーティについてもっと聞かせてください。どんな感じなのですか?
D): DJによって違うよ。僕はもっとテクノよりなシーンをイメージしてたから、時にはハードなものやBPMの早いものをかけてたけど、ちょっと前にMR. FINGERS(LARRY HEARD)が来てたんだ。彼は古いハウスやソウルをプレイした。クラブは満員で黒人やラテン系の人はNYより少ないんだけど、音楽の感覚は溶け込んでいて大盛り上がりだったよ。他の大きな都市とほとんど変わりはないね。
J): NYのパーティについてはどう考えていますか?
D): 多くの人は僕の考えを知ってるかもしれないけど、僕の考えではまあまあという感じかな。A1レコードのTHOMASやERIC DUNCANみたいなあまり知られていないDJが本当に良質なパーティをやっていて、チャイナ・タウンの小さなバーとかで行われてるんだけど、そこではイタリアのディスコや、ロック系のディスコなどがプレイされてる。逆にメジャーなハウスシーンは退屈で、偽物のFELA KUTIみたいなアフロハウスと、皆が知っている定番ガラージクラシックなんかをかけている。皆同じ曲を知っていてまるでカラオケみたいなことになってるんだ。そこにアフリカを感じるのかな?
(A1レコード-NYにある有名中古盤店。日本の同名店とは無関係)
J): THOMASとERIC DUNCANは一度見てみたいですね。学生の頃はシカゴとNYのクラブへ通ってたんですよね?その頃の話を教えてもらえますか?クラブに足を運ぶきっかけはどのようなものだったのですか?
D): 最初にクラブに行ったのは勿論音楽が大好きで愛していたからだよ。シカゴでは客層はほとんど黒人だったんだけど、その頃結構黒人に魅力を感じたりもした。とても生々しくてクレイジーな雰囲気だったよ。NYはもっと色々な人が混じっていた。フロアにサークルが出来てブレイキングやハッスルなど様々なダンススタイルを小さなコンテストのようにやっていたよ。その頃はまだカポエラや線香をたいたりはしてなかったよ。
J): NYやベルリンそのほかの町で好きなアーティストやレーベルをもっと教えてください。
D): うーん!難しいね。勿論METRO AREAのMORGAN GEISTとDARSHAN JESRANIやBRENNAN GREENは好きだよ。それからノルウェーのアーティストでHANS PETER LINDSTROMが今凄く注目しているアーティストだよ。ベルリンでは一人凄いDJに出会った。OSTGUTというクラブのDJ BORISというDJがいるんだけど、彼はNYに住んでいてPARADISE GARAGEに通っていたんだ。それで今はドイツでDJをしている。
J): 彼らが好きな理由は?
D): 皆に共通して言えることは、彼らはとても自然体で音楽を楽しんでいる。安易なサンプリングで昔の曲を盗んだだけの曲作りはせずに、絶えず何か新しいものを作ろうとしているんだ。
J): あなたの曲作りの行程においてもサンプリングは1996で完全にやめてしまったんですよね?何故サンプリングをやめようと思ったのですか?
D): 基本的には道徳的に良くないと思ったことが大きい。今のプロデューサーは誰かが作った曲を完全に盗んだだけだったりするよね?それは単なる商業的な目的になっているし、原曲そのものを楽しめないものにしてしまっている。曲作りのためにキーボードやギターを弾くことが出来ないなら、プロデューサーと呼ぶべきではないんじゃないかな。
J): 確かに昔はプロデューサーになるためには音楽を勉強しないといけないから、プロデューサーは当然楽器が扱えましたね。今は手軽に音楽を作れる環境が出来た分、安易な作品も世に出やすくなったかもしれないですね。あなたの使っている楽器を教えてもらえますか?ビンテージの機材についてもお詳しいんですよね。
D): 5年も楽器店に努めていたからいい楽器をいくつか持ってるよ。そのために結構努力もしたしね。使っている楽器はまずARPのODYSSEYとSOLUSというシンセが二つあって、ムーグに似てるんだけど調音がとても正確なんだ。だから高い音も低い音もメロディと和音が正確で美しいんだよ。それからMOOG博士のETHERVOXというテルミンですね。これは上手くひくと人間の声のように美しい音がでるんだ。新しいデジタル楽器も大好きだよ。例えばヤマハのFS1Rという楽器は"FORMANT"という音源を使っていて、本当に特別な音をたくさん作れる。
J): 楽器店での勤務は5年も続いていたんですね。楽器店で何か面白い話があれば教えてください。
D): 勿論!たくさんの面白い人たちに出会ったよ。NYのハウス系の人たちとはほとんど出会ったけど、FRANCOISは特別な感じのする人間だった。そのほかに素晴らしい人たちといえば、知的でハンサムなGRAND MASTER FLASHやBRIAN ENO、FUNKING FOR JAMAICAでVOCALを務めたTONI SMITHも素晴らしい女性だった。それにRANDY MULLER(BRASS CONSTRUCTION), RONALD BELL(KOOL & THE GANG), FLORIAN SCHNEIDER(KRAFTWERK), JOE ZAWINUL(WEATHER REPORT),さらにROY AYERSとも出会ったよ。ROY AYERSは自宅のスタディオのセットアップもやらせてもらったんだ。彼らはとても暖かくて正直な人たちだった。他人の曲を安易にサンプリングしたりはしないよ。
J): ムーグ博士とも出会ったんですよね。
D): ムーグ博士は世界一いい人だよ。彼はテルミンのサウンドに恋をして、自分の楽器を作ってしまったんだ。そして彼の作った楽器が世界初のムーグシンセサイザーになったんだ。彼はもう70過ぎのおじさんなんだけど、とても聡明な人物だよ。今でもよく笑い、わくわくしながら働いている。彼はいつもお金ではなく愛のために仕事をしているから素晴らしいね。
J): いい話ですね。トラック製作の話題に戻るのですが、あなたの特殊なスタイルの作品のアイデアはどのようなところから得たのですか?
D): 僕のスタイル?NYのDISCOスタイルの基本はFRANCOIS K.とDANNY KRIVITが1993-1996の間に作られたものだと思うんだけど、僕のスタイルはMUHAMMAD ULTRA OMNIからもきている。僕のVOGUEINGの先生なんだけど、彼は彼のダンススタイルはアフリカ、ヨーロッパ、アジア、カンフーにロボット、ファッションモデルや古代エジプトの象形文字まで何でもありだといつも言ってた。だから僕のスタイルも僕自身の想像でいろんな国や性別なんかを超えた所からきているかな。
J): 今、多くの日本のHOUSE DJがあなたの楽曲に敬意を表していますが、古くからあなたの活動を知っている人たちは、あなたの活動に対するこれまでの評価は過小評価だったのではないかと考える人も多いです。ご自身ではどのようにお考えですか?
D): いつも、どんなことでも時間はかかるもので、例えばGIORGIO MORODERは1978に驚くべき曲を作っていて、多くの人はDONNA SUMMERを知っているよね。でも彼の名前は一般的にはほとんど知られていない。それに正直に言うと僕自身やってきた事全てが誇らしい仕事だとは言えない。1993年からリリースしているけど全てが全て素晴らしいとは思っていないよ。でも良い音とユーモアは携えていたと思う。僕が思うにそれらのリリースは音楽業界の商業化を変えることの出来る友人を探すためのものでもあったんだ。内容の良くない商業的な音楽をかける「スーパースターDJ」達に、何故一晩10,000ドルも払うんだろう。僕はただ同じような考えの人達と良い音楽を共有したいだけだから、彼らと同様に評価される必要もないんだよ。
J): あなたの活動は実際に多くのアーティストにインスパイアを与え、音楽業界の商業化にも影響を与えてきていると思います。レーベルをスタートするにあたっては何かきっかけのようなものはあったのでしょうか?
D): BALIHUのことだね。1993にレーベルをスタートさせたんだけど、例えばSTRICTLY RHYTHMやATLANTICなどその頃ハウスを大々的にリリースしていたレーベルは、僕の奇妙なDISCOを絶対リリースしないだろうからね!ハハ!
J): BALIHUの新しいタイトルBLOCK 16 / ELECTROKUTIONはUKの伝説的レーベルNUPHONICからのライセンスタイトルのリミックスでしたね。NUPHONICは残念なことに倒産してしまったらしいですが、あなたはまだNUPHONICとコンタクトを取っているのですか?
D): そう、倒産してしまったんだよね。レーベルオーナーのDAVID HILLとは友達なんだけど連絡はとってない。レーベルのマスタープレートも全て捨てられてしまったんだ。残念!BLOCK 16は曲の権利を持っていたから、彼に直接ライセンスをお願いしたんだ。
J): 次のリリースは何か予定ありますか?
D): まだわからないけど年内には歌詞の入ったVOCALものとテルミンでレゲエダブをやってみたいと思ってる。JAMAICAのダブとヨーロッパの古典音楽を交錯させるようなものにしたいな。
J): レーベルの志をお願いします。
D): 常にどこか違いのある新しく面白いものを作り続けるだけだよ。
J): ところで7ヶ国語をしゃべることが出来るらしいけどどこで習ったのですか?
D): 実際に7ヶ国語をしゃべれるというわけではないんだ。例えば日本語はできるとは言えるけど、会話が長くなると解らない所もたくさんある。日本で育ったわけではないからね。僕は子供の頃結構寂しかったんだけど、ゲイの人は誰でも音楽や服装など自分の幻想の世界を持ってる人が多いんだと思う。僕は最初中国の学校に通ってたんだけど、途中から台北のインターナショナルスクールに通うようになったんだ。そこで凄く良いフランス人の先生がいて、僕は孤独になりがちだったからフランス語とスペイン語をよく勉強していたんだ。ずっと日本語も習いたいと思ってた。中国やアジア圏の人達にとって日本は憧れの的なんだ。いつも良いものは日本から来る。ドラえもんにブラックジャックにカシオの時計や渋谷の流行、YOHJI YAMAMOTOにCOMME DES GARCON、日本映画もね。だからいつの日かそれらを理解したいと思っていたんだ。だから日本で皆のためにDJが出来るのは夢のようだよ。でも今は僕がドラえもんやブラックジャックみたいな感じだね。僕はパーティで幻想的な世界を作ろうとしているんだ。
J): 色々な国を訪れたと思うけど、どこの国が好きですか?
D): 日本とドイツはとても好きだよ。私見だけど京都は世界一美しい町だと思ってるよ。
J): 日本についてはどう思いますか?
D): 学校や仕事の束縛や完全主義や先輩後輩の関係とか色々理解できない部分もあるし、自分が日本人になりたいとは思わないけど、でもそういう部分と西洋的な価値観の中間を選べたらいいなと思う。仕事や先輩後輩も大事だけど音楽や芸術を楽しんだり、人生を楽しむことも重要なんじゃないかな。それからアメリカに対しては幻想を抱いているようだけど、実際にはアメリカは悪くなっていると思う。特に教育はひどくてメディアや文化が暴力的なものや物質主義的なものに偏ってるんだ。ドイツ人は日本に似ているな。清潔で礼儀ただしい。でも彼らは変なところもあるけど。
J): どうもありがとうございました。最後に日本のハウスファンへメッセージをお願いします。
D): NYはGARAGEやSHELTERだけが面白いことじゃないよ。皆がアフリカ回帰する必要もないし。黒人達は日本の忍者を想像してブレイクダンスを発明したんだ。ただレコードを買うだけじゃなくて、何か新しいものをつくろう。イッセイ・ミヤケはパリのどんなデザイナーよりも美しいものをクリエイトしたよね。同様に僕達だって新しい刺激的なものが創れるはずだよ。楽観的に行こう!最後に一言「服を脱いで!ハハ!!」
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