PROFILE:

タカツキ(n-records主宰・SMRYTRPS)
'90年代後半に京都にて活動開始、NY経由で現在は東京にて活動する、通称ウッドベースの吟遊詩人。ウッドベースを生で弾きつつ、様々な情景をヴィジュアライズするかのごとくライミングしてゆく…という実にユニークな唯一無二のヒップホップ・アーティスト。これまでデビューアルバム"HIP HOP MUSIC"、2NDアルバム"東京・京都・NY"等の作品を発表、BLAST誌等の各雑誌媒体等から絶賛を受ける。並行して彼が率いるグループSMRYTRPS(サムライトゥループス)のフロントマンとしても活動中、そのライヴ・アクトのクオリティーの高さには定評がある。

今日は東京・中目黒にあるSMRYTRPSのスタジオ兼多目的ルーム(?)に、深夜にお邪魔してきました。SEMMY君(*1)が玄関脇の手製ボーカルブースで声録りをしている横で、言わば観光都市的ではなく路地裏的な京都の街で過ごした日々の話や、決定的なターニング・ポイントと言えるニューヨークでの日々について等、今のユニークなスタンスの土壌となっている部分を中心に、明け方までのんびりとお話を聞かせて頂いてきました。
TEXT: MASAAKI MATSUURA(JET SET TOKYO)

INTERVIEW:

(JET SET) / 今日は特にですね、タカツキ君がアーティストになる以前の頃を少しだけ知ってるという特権(?)を、切り口として少し活用させてもらおうかな、と。まぁ今更「色々お話をうかがいたいんですけども…」とかいうのも何か変だな~とも思ったのですが、かといってお互いじっくり話し込む機会もそんなに無かったよね?なので今日この機会に改めて。
(TAKATSUKI) / ええ、正に改めて…という感じですね。
(JET SET) / やはりアーティストとしての原点はまず京都から、ですよね?ちなみに予め謝っときたいんだけど、実は僕お互いが初めて喋った時のこととかあんまり覚えてなくて。タカツキ君の印象自体も、純朴な音楽好きの学生さん・・・くらいにしか記憶に残っていなかったんですよ。本当にすみません。なので当時のタカツキ君が一体どういう日々を送っていたのか…?僕個人としても同時期に同じ街に住んでいた人間として、とても興味深いんです。
(TAKATSUKI) / 純朴な音楽好きの学生、というのは当たらずとも遠からずですよ。というよりそのままかな?当時はいかにも学生らしく、出町柳(*2)のミスタードーナッツの地下にあった時代遅れのゲーセンによく行ってて、ついでにその隣りにあるGRIND(*3)にもフラッと立ち寄っては、軽く一杯引っ掛けて帰ってたりしてましたね。平日とか週末とか関係なく。それでたま〜に気が向いたらレコード持っていって、DJもさせてもらってたんですが…。
(JET SET) / ウソ!?あそこでDJやってたの?!!どんな選曲で!?
(TAKATSUKI) / 1時間のセットでずぅ〜っとラガ・ヒップホップばっかりとか(笑)。MAD LIONだとか、POOR RIGHTEOUS TEACHERSとか…そんで途中で山崎さん(*4)に「もうそろそろエエから。」とか言われて交代させられたり。
(JET SET) / わははは!全然想像付かないんですが、確かにそんな時期でしたねぇ。
(TAKATSUKI) / でも実はその頃の嗜好が、今のフロウのスタイルとか、声の出し方のバックボーンになっているんですよある程度は。
(JET SET) / そう言われてみればラップする時は、普段の声とは全然違う発声とかしてるもんねぇ…でもラガ・ヒップホップ一辺倒だった訳でもないでしょ?
(TAKATSUKI) / そうですね…たまたまそういう盤が沢山出てたから、DJの時はよくそういう選曲をしてたってだけで…SIGNETレーベルのCAPLETON"TOUR"(*5)とかかなり気に入ってましたねぇ…それ以外にもソレ系繋がり(*6)でBLACKMOONとかSMIF-N-WESSUNとかのBOOT CAMPやDA BEATMINERZ系もよく聴いていましたよ。あと当時KENNY DOPEがよく作ってた、ラガ声ネタのヒップホップ・トラックスとかも。
(JET SET) / と、いうことは割とNYノリで、しかも太い感じのサウンドも好きだった、と?
(TAKATSUKI) / もう普通にDJ PREMIERとかPETE ROCKとかA.T.C.Q.の3RDとかも好きでした。でもダントツで好きだったのがSALAAM REMI。あの音ですね。ネタ使いが大きめの曲も多いんですが、とにかくあの人しか出せないような煙たさというか、トラックの空気感が凄い好きで。
(JET SET) / わ!ここにもいたNORFSIDE(*7)派が!ということはやっぱりBLACK SHEEP"WITHOUT DOUBT"(*8)やFUGEES"FU-GEE-LA"(*9)とかの質感やネタの使い方に完全K.O.喰らって…という感じで?
(TAKATSUKI) / そうそう!そのあたりでソウルへの憧憬に拍車が掛かったっていうのか、ネタ探しの入口になったというか…。寺町(*10)のCD屋さんにISLEY BROTHERSのベストアルバム探しに行ったりして、そっからはどんどん'70年代のニューソウルにのめり込む感じで。DANNY HATHAWAYやCURTIS MAYFIELD、STEVIE WONDER、MARVIN GAYE…それでそのMARVIN辺りから、(どうも自分の好きなラインのルーツにはゴスペルがあるらしい…)ということに気が付いて以降すっかりハマって、一時は大阪のゴスペル・ワークショップ(*11)に参加(!)したこともありましたよ。あと…BAMBOO BROTHERSの小竹さん(*12)という方から、ソウル・ミュージックとは?の部分について夜な夜な丸善(*13)の前で教わったり、ジャズ・ピアニストの市川修さん(*14)に全然ピアノ弾けないのに無理矢理習いに行ってみたり(笑)…。
(JET SET) / 全然知らなかった…そりぁあ相当濃い時間の過ごし方だよね。さっきも言ったとおりタカツキ君の印象が、単なる音楽好きの学生さん・・・くらいしか残っていなかったもんだから、2年くらい前久々に電話で話した際に「今はアーティスト活動してて、アルバムも作りました」って聞いて「ええ〜っ!?」って感じになったんだけど、今の話後追いで聞いてやっと納得というか、現在のタカツキ君と繋がってきたというか。
(TAKATSUKI) / 実は京都に住んでいた当時からラップはしてたんですけどね一応。そういう感じで毎日を過ごしていたもんで、いわゆる関西のヒップホップ・シーンやラッパーのコミュニティーとは全く関わって無かったんです。そういった部分のシーンとの関係性が生まれたのは、SMRYTRPSとしても本格的に動き出した、ほんのここ何年かのことで。それより少し前に(自分でレーベルやって、作品も作ってみようかな…)という感じで制作したのが1ST.の"HIP HOP MUSIC"で、そこに現SMRYTRPSの面子(*15)に参加してもらったのが第一歩、ですね。最初は自主のCD-Rを…まずセブンイレブンにジャケットをコピーしに行ってですねぇ、セブンイレブンが一番クオリティーが高いんですよ、他のコンビニよりも。それでどう考えても自分のキャラは営業向きじゃないのに片っ端から卸業者や小売店に営業かけてみたり。
(JET SET) / で、送ってもらったインフォ読んで実際CD聞いてみて、「おおお〜っ!!」ってな具合で一人でニヤケてたんですよ僕は。嬉しくなって。本当失礼な話だけど『売れないかもしれないけど伝わる層には伝わるだろう…』てな感じでタカくくってオーダーさせてもらってみて、結果的には予想に反して見事完売ということで。おかげ様でタカツキという一風変わった存在をいち早く世間に紹介出来た形になって良かったです。
(TAKATSUKI) / …え〜っとその時の委託販売の支払いがまだなんですけどね実は。
(JET SET) / ええ〜っ!!マジで!?何年前だっけ!?インタビューとかって余裕カマしてる場合じゃなかったねそりゃ…本当すみません。
(TAKATSUKI) / ま、自分で自分のこと「いいかげんな人」(*16)って言ってしまうくらいなんで、特に気にもしてないんですがね。いいですよ別に急がなくて。
(JET SET) / うわぁ…ええっと(冷や汗を拭いて慌てて話を変える)NYに移り住んでいた期間っていうのは、その"HIP HOP MUSIC"よりも更に前?
(TAKATSUKI) / そうです。まぁほんの3ヶ月なんですけど。ビザ無しで。明確な目的は無くて、ただ単にそこに居てみたかったという。
(JET SET) / で、居てみた感じどうでした?ニューヨークという街は?
(TAKATSUKI) / 僕が大好きな音が全てそこにあるというか、普通にしててもそこら中から耳に入って来るというか…向こうではもう特に仕事もしてなかったので、毎日音楽を聴きに行ってました。
(JET SET) / それは、具体的にはどういうところに?
(TAKATSUKI) / ロウアー・イーストの3丁目にNEW YORICAN POETS CAFE(*17)という所があって、そこのオープンマイク(*18)に参加してみたり、あとキャナル・ストリートの下の方にWETLANDSというクラブがあって、そこではROOTS周辺の人が"BLACK LILY"等のイヴェントをやってて、よく遊びに行ったりしました。あとは…BITTER END(*19)のあるブリーカーズ・ストリート周辺をブラブラしてました。
(JET SET) / たかだか3ヶ月だったとしても、やっぱりそこでの経験 / 見て、聴いて、感じたことの影響というのは大きかった?
(TAKATSUKI) / もうそれは大きかったですね!どんなジャンルの音楽であれ、体全体から音や感情を懸命に伝えようとするそのアティテュードに震えたというか、『どうせ自分でも何かを伝えようとするんであれば、とにかくこういう風に表現していきたい!』と。それ以降何というか、別にどうでもいいことを淡々と伝える、ということは出来なくなってしまったというか、寧ろ毎回ライヴをする度に感情が激しく揺れるようにまでなってしまったので、その分苦しく感じることすらあるんですが…。
(JET SET) / ライヴを観てて感じたんですが、そういった説明しにくい部分は実際には確実にお客さんの側に伝わっていると思いますよ。例えば世間で言われているような、ウッドベースを片手に叙情的なリリックを云々…といったいわゆる説明し易い部分に比べると、そこは寧ろ説明しにくい分、という訳じゃないけどとても重要なポイントだろうし…。
(TAKATSUKI) / まぁ確かに重要な部分なんかもしれないんですけど、僕自身はそこはライヴなり作品なりを通して感じてもらえればそれでいいかな?と思ってるくらいで…どのみちそうするしか出来ませんしね。
(JET SET) / 語弊があるかもしれませんが、リリックの辿る軌跡はあくまでタカツキのパーソナル・メンタリティの範囲内というか、結構内省的じゃないですか?それなのに自己満足っぽさや、引きこもり系によくありがちな軽い拒絶とかは全く感じられない。それはパーソナルなリリックなのに、共有し得る部分もしっかり盛り込んでいるから云々…とかいった小手先なことじゃなくて、さっきも言ったけどタカツキ君のそうした意図せぬ感情の揺れが、リリックのディティールを通り越して直接聴く人間を揺さぶるからなんでしょうね。
(TAKATSUKI) / 体全体から音や感情を伝えるようなライヴがしたいという、自分が理想として掲げる部分だけじゃなくって、単にカッコいい音を出したいとか、カッコいいラップがしたいとか、その程度の欲求も普通にありますよ。でも今改めて考えてみると、「何かを伝えたい」という欲求がそれらの前提としてあるのかも、と思えば、まぁそうなのかもしれないですね。今まで聴いてきた色んなもの全てがそうであったように、「何かを伝えてくれる音楽」こそが、僕にとっては「良い音楽」だったりもしたので…。
(JET SET) / いやいや、長い時間色々と教えて貰って本当に有難うございます。本当にお疲れ様でした。
(TAKATSUKI) / いえいえ、こちらこそ…朝来ましたね〜。SEMMYもバイト行っちゃったし。
(JET SET) / 前のCDの分、今度キッチリ精算させてもらいますね。
(TAKATSUKI) / ああ、じゃお願いします。

INFO:

〈最近の活動および今後の活動〉
!! 11月8日京都丸太町CLUB METROにて、JET SETプレゼンツのイベント『route』に出演。
(詳細はWEBトップページのイベント告知をご参照下さい)
!! 毎月第一土曜日新宿MARZにてマンスリー・イベント『FAST』にて出演中。
!! 現在はソロとSMRYTRPSとも並行して、ラップ担当のアトム(SPIRITUAL JUICE)、女性ポエットのトト、エレピアン担当のカズタケ、パーカッションのケッチャン、そしてラップ兼ウッドベース担当のタカツキからなる新プロジェクト、スイカも始動。
!! 11/27にSMRYTRPS名義でFILEレーベルから"KEEP CONDITION EP"のリリースが決定!
!! TAKATSUKIソロ名義で今冬に12"シングル"READY TO GO"がリリース予定。カップリングには上記のスイカによる音源も収録。

NOTE:

(*1) SMRYTRPSのメンバー。この時は鼻炎に悩まされつつも、PERCEE-Pバリにアッパーなファスト・ラップをキメていた。(
(*2) 京都の地名。加茂川と高野川の合流点と今出川通りが交差する賀茂大橋周辺を指す。周辺に京都大学や同志社大学等があり京都でも特に学生の多いエリア。(
(*3) ピースでアットホームな空気の流れるヒップホップ/R&B系中心の京都のクラブ。この当時はオープンして間が無い頃で、平日はDJブースが開放されていた。(
(*4) GRINDのオーナー。(
(*5) A.T.C.Q."AWARD TOUR"使いのラガ・ヒップホップ。(
(*6) MAD LIONはWEEDED、BLACK MOONはNERVOUS(後にWRECK)、SMIF-N-WESSUN(現COCOA BROVAZ)はWRECKと、いずれも同系列の姉妹レーベルだった。(
(*7) SALAAM REMI自身が運営していたヒップホップ/ダンスホール系レーベル。代表作にはMAJOR STRESS"MORE AND MORE"等があり、レーベルカラーとしてはBOBBY CONDERSのMASSIVE Bあたりに近かった。(
(*8) ISLEY BROTHERS"HIGHWAY OF MY LIFE"をサンプリング。(
(*9) LAURYN HILLがフックでTEENA MARIE"OOH LA LA LA"を替え歌に。(
(*10) 河原町界隈にある通りの名前。修学旅行生のメッカ新京極と平行して南北に伸びるアーケード街。(
(*11) 数々のゴスペル・クワイアが集い、RONNIE RUCKER牧師が現地の教会を訪問する数日間の間にそれぞれのコーラスを発表する会。(
(*12) 京都のソウル・シンガー&ブルース・ギタリストの第一人者。BAMBOO BROTHERSは前身のブルースバンドBLUES PARADICEから発展した、エネルギッシュな黒人音楽バンド。(
(*13) 京都の繁華街、河原町の中心にある大型書店。閉店後はストリートミュージシャン達が路上ライヴをおこなっている。(
(*14) 京都産業大学に在学中の'70年前後にプロとしてデビューしたベテラン・ジャズ・ピアニスト。京都在住だが京阪神のみならず東京やNY等でも活動し、アルバムも数枚リリースしている。(
(*15) SEMMY, Y.O.G., ZOM, ZOE, METEOR, DJ MARU, DJ KEITA-KATOの7人。(
(*16) アルバム"東京・京都・NY"収録曲の名前。(
(*17) 映画『SLAM』においてもその概念が描かれていた、ポエトリー・リーディングの聖地として有名なカフェ。(
(*18) エントリーさえすれば自由にマイクでパフォーマンスが出来るイヴェントの形式を指す。(
(*19) ニューヨークの名門クラブ。DONNY HATHAWAYやCURTIS MAYFIELDによる各々のライヴ盤(共に名演!)の音源が、かつてはそこでレコーディングされた経歴がある。(

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