ROYKSOPPやANNIE、さらにLINDSTROM、PRINS THOMASなどなど、数多くの才能を輩出するノルウェイのクラブ・ミュージック・シーン。そのオリジネイターとして、90年代初頭から常にシーンを牽引してきた「北欧のパイオニア」BJORN TORSKEが、今年1月に待望の来日を果たしました。
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'90年代前半からキャリアをスタートしたBJORN TORSKEは、複数の変名やユニットで数々の作品を発表した後、'98年に英FEROXからBJRON TORSKE名義でのファースト・アルバム"NEDI MYRA"をリリース。以後はBJORN名義でFEROXやスウェーデンのSVEKからシングルのリリースを重ね、デトロイト・テクノの影響下にありつつも独自のテイストを持ったテック・ハウス・クリエイターとして、その名を知られるようになります。'90年代後半には、地元ベルゲンのレーベルTELLEの創設と共に移籍。'01年には、ROYKSOPPの世界的ブレイクのきっかけとなった代表曲"EPLE"の英WALL OF SOUND盤でのリミックスを手がけると同時に、TELLEからセカンド・アルバム"TROBBEL"をリリース。この"TROBBEL"は、温かみ溢れるディープ・ハウス~ディスコ・ダブを中心に、幅広い音楽性を持つ楽曲が収録されており、現在の北欧クラブ・ミュージック・シーンの空気感をいち早く掴んだ素晴らしいアルバムでした。その後、残念ながらTELLEが休止状態となったためリリースも停滞していましたが、昨年、KIM HIORTHOYやJAGA JAZZISTなどのリリースで日本でも人気の高いSMALLTOWN SUPERSOUNDと新たに契約を交わし、この3月にはついにニュー・シングル"NY LUGG"をリリース。すでに国内外で大きな話題を呼んでいます。
世界的に大きな注目を集めながらも、ヨーロッパの最北端という土地柄もあってか、ことインディペンデントなダンス・ミュージック・シーンに関しては、まだまだ情報が伝わりにくいノルウェイ。今回は、シーンの先人BJORNにノルウェイの現状からニュー・シングルの制作過程、BJORNのレコード・バッグの中身まで、様々なお話を伺うことができました。
TEXT + INTERVIEW: KOZUE FUKUSHIMA(JET SET TOKYO)
INTERPRETER: RYOKO ITO
JET SET(J):まず、日本のファンへ簡単な自己紹介をお願いします。あなたは「北欧のパイオニア」と呼ばれていますが、日本では名前と作品以外は詳しく知られていないんですよ。
BJORN(B):こんにちは、BJORN TORSKEです。そんな風に呼ばれてるみたいだけど、僕には自覚がないんだよね(笑)僕の住んでいるノルウェイは小さな国で、アーティストの数もあんまり多くないから、運が良かっただけだと思うよ。もちろん簡単にここまで来たわけじゃないんだけど、どうして自分が今ここに至ったかなんて理屈をこねることはできないしね。とにかく、僕の名前と音楽が日本でも受け入れてもらえるっていうのが、僕にとって大きな喜びで、本当に嬉しいって気持ちをみんなに伝えたいよ!日本のオーディエンスは知識も豊富で、深い解釈をもって音楽を聴いてくれるから、余計にね。
J:私は現在のノルウェイの音楽シーンにずっと興味があり、ここ数年はROYKSOPPやKINGS OF CONVENIENCE、MAGNET、ANNIEなどが世界中から注目を集めるようになって本当に嬉しいのですが、ハウス・シーンに関しても、最近ではあなたの活躍を含めLINDSTROMやKANGO'S STEIN MASSIVなどが活躍していますよね。海外からの注目度の高まりなどによって、シーンやあなた自身に何か変化はありましたか?
B:もちろん、そういう流れもあると思うよ。そういうのってチェス・ゲームみたいなものだからね。誰かが動けば自分も動く。僕一人が始めたことじゃなくて、僕自身、いろんな人や音楽に影響されて今に至ってるんだから。僕は最初BIOSPHEREを聴き始めて、そこから音楽に没頭するようになったんだ。僕がヨーロッパで活動してる間に、EROTなんかは'99年には日本に来ていたんだからね。個々のアーティストの活動がノルウェイのシーンの認知度を高めて、活力を与えてるんだ。素晴らしいことだよね。
J:今までのディスコグラフィーを教えてもらえますか?
B:僕のキャリアは大きく2つの段階に分けられると思うよ。今、僕の中での3つ目の転機が訪れようとしてるところなんだけどね。まず、僕の最初のリリースは、ベルギーのSSRからリリースされたコンピレーション・シングルにALEGRIAっていう名義で1曲参加したことが始まりだよ。次は、オランダのDJAX-UP-BEATSっていうレーベルから、ISMISTIKっていうユニットで12インチを3枚とアルバムを1枚リリースしたんだ。
そしてここからが二つ目の段階。BJORN TORSKEとしてイギリスのFEROXからアルバムを1枚リリースしたんだ。それが"NEDI MYRA"だよ。で、そこからのシングル・カットとして"EXPRESSO"っていう12インチをリリースしたんだ。その後、ノルウェイのTELLEレーベルから"HARD TRAFIKK"なんかのシングルとアルバム"TROBBEL"をリリースして、今に至るって訳さ。
J:新しいシングルは、SMALLTOWN SUPERSOUNDからのリリースですね。TELLEが活動を休止した後、どのような経緯でSMALLTOWNとサインすることになったのですか?
B:SMALLTOWNとは以前から友達を通して繋がりがあったんだ。TELLEのMIKAL(TELLEのオーナーMIKAL TELLE)も含め、みんな繋がっているから、むこうは僕やTELLEの状況を知ってたんだ。で、SMALLTOWNからリリースしない?って提案してくれたんだよ。とりあえずシングルを出して様子を見ようよ、ってね。
J:私も含め、久々の新曲を楽しみにしてる人も多いと思います。
B:新しいシングルは、"NY LUGG"っていうタイトルで、「新しいヘア・スタイル」っていう意味なんだ。プログラミングだけで作るんじゃなくて、もっと変化に富んだ今までの自分にはなかった音にしたかったんだ。タイトルはそういう意味を込めてつけたんだよ。今回は、ミュージシャンたちを交えながら、自分も楽器を弾いてみたりしたんだ。もうすでにアルバムの制作にも取りかかってるし、楽しみにしてて!
僕は、DJプレイからインスピレーションを得ることが多々あるんだよ。常に新しいものに興味があって、あらゆるスタイルの中から確固たる自分の音を見つけていくんだ。だから、DJプレイの中で僕が自由に冒険するように、プロダクションの中でももっと新しいアプローチをしたいと常々思ってるんだ。
J:あなたの音楽的バック・グラウンドはどういったものなのですか?LA FABRIQUEでのDJプレイは、STEVIE WONDERで始まり、ディスコ~クラシック中心の選曲でしたね。
B:RHYTHIM IS RHYTHIM(DERICK MAY)の"KAOS"は衝撃的だったよ。当時はデトロイト・テクノからシカゴのヴォーカル・ハウスまで手あたり次第聴いてたけど。他には、DEPECHE MODE、NITZER EBB、FRONT24みたいなハードな音が好きだったかな。あと、外せないのがヒップホップとエレクトロだね。'82年、僕が11歳の頃、ノルウェイのテレビ局が"STYLE WARS"を放映したんだ。すぐにヒップホップに夢中になったよ。"WILD STYLE"を観て、友達と一緒にグラフィティの真似事をしてみたりね。
J:そこからどうやって、今のような音楽を作るようになったんですか?
B:ノルウェイの冬は本当に長くて暗いんだ。何も面白いことがないんだよ。クラブもないし。だから、自分で何か楽しいことを見つけるしかなかったんだ。'80年代後半にラジオ局で働いてて、勝手にテープをエディットしたりスクラッチしたりしてオン・エアしてたんだけど、そこでの経験が大きかったかな。その頃にデトロイトやシカゴ、ロンドンなんかの音楽に触発されて、自分でシンセとターン・テーブルを手に入れたんだ。長い冬をやり過ごすためにね。
J:では、影響を受けたアーティストを教えてください。
B:本当にたくさんいるから、その質問はつらいなー(笑)例えばこんな感じかな。さっきも言ったようにDERICK MAYに衝撃を受けて以来、自分も音楽を作るようになって、そのうち、同じデトロイト出身のCARL CRAIGを聴いて、エレクトロが持つファンクネスに感心させられたんだ。無機質なテクノと温もりがあるファンクの折衷が素晴らしい!ってね。良いプロデューサーの条件ってそういう事なんじゃないかなと思ってるんだ。既存の音楽を深く解釈して、自分流に消化出来るかどうかってこと。
J:なるほど。最近のアーティストで好きなアーティストはいますか?
B:今はひたすら昔の音楽を聴いてるんだ。例えばCANとか。でも最近のお気に入りはIDJUT BOYSやCHRIS WATSON(世界各地のフィールド・レコーディングを編集・コラージュした音響作品をリリース)かな。CHRIS WATSONはCABARET VOLTAIREの元メンバーで、今はより環境に接近したネイチャー・レコーディングをしたり、スタイルは違えどクレイジーなサウンド・コラージュを続けてるよね。
J:最近のレコード・バッグの中でお気に入りのレコードを3枚教えてください。
B:
1. AUTOMAN/I'M HUNGRY(CARAMBA MIX)/AUTOMAN(2005)
2. ILYA SANTANA/WACKING ON A CRYSTAL SEA/BALIHU(2005)
3. GENE KRUPA & BUDDY RICH/DRUM BATTLE/VERVE(1952)
J:では、あなたの作品についてお伺いします。セカンド・アルバム"TROBBLE"であなたの独特のスタイルが確立されたように感じられるのですが、いかがですか?
B:FEROXからのリリースが一番重要だっていう意見が多いから、それは本当に嬉しいね。正直、僕自身はよく分からないんだけどね(笑)ROYKSOPPが成功したタイミングであのアルバムがリリースされたから、多くの人に僕のことを知ってもらえた、っていうのは間違いないんだろうけど。
J:いわゆるディスコ・ダブと呼ばれているサウンドは、どこかしらシリアスなものが多いのですが、"TROBBLE"のサウンドには、どこか温もりがあって、ポップな要素がたくさんありますよね。
B:僕は自分の感じるままに任せるタイプだから、そんな風に言ってもらえるとなんだか嬉しいよ。プロダクションにおいて、僕が意図して作ったところはないんだ。ポップだから好きっていうわけじゃないんだけど、僕がいつだって良質のポップスに影響されてきたのは確かだね。例えばDEPECHE MODEがノルウェイであまりビッグにならなかったのはダークだからさ。ただでさえノルウェイは寒くて暗いのに、これ以上いらないってなるのさ。だから、僕らは無意識的に温かいものや能天気なものを好むんだろうな。きっと僕の潜在的なノルウェイ気質が自然に出てきてるんだよ!
J:ROYKSOPPのメンバーとスタジオをシェアしていたそうですね。
B:そうなんだ。彼らにはもっと大きなスタジオが必要になったから、もう今はやめちゃったんだけどね。でも、僕一人ではスタジオを維持できないから、知り合いのミュージシャンとシェアすることにしたんだ。そうしたら、スタジオが色々な楽器で溢れ返ってしまった。で、成り行きでいろんなことを始めるようになって、一緒にライヴ・パフォーマンスをやったりしてるんだ。バンドで"TRANS-EUROPE EXPRESS"(KRAFTWERK)のカヴァーとかしてるんだよ。面白いでしょ!
J:ライヴもやってらっしゃるんですね。その他にノルウェイでのDJパーティーなどもあるのですか?
B:"CLUB OPERA"ってラウンジでDJをやってるよ。スタジオをシェアしてるミュージシャンたちとライヴ・パフォーマンスしたりするのもここさ。週末には隔週でDJもやってる。TIM LOVE LEE(英国のブレイクビーツ・レーベルTUMMY TOUCHのオーナー)もそこでプレイしてるよ。
J:最後に日本のファンに一言お願いします。
B:日本のDJやクラウドは本当に素晴らしいよ!常にオープン・マインドであらゆるスタイルに対して臨機応変に対応するから、僕も本当にやりやすかったし、楽しかった!サポートありがとう!
北欧ハウス・シーンおすすめ盤
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