Interview »
vol.008
RUBBER CITY REBELS
2003-07-16
- 新作"PIECE OF MY BRAIN"を聞かせてもらいました。ブランクを感じさせない素晴らしい作品ですね。オリジナルは勿論、MUSIC MACHINE『TALK TALK』のカヴァー等も新鮮なアレンジで楽しめました。
- ROD):ありがとう。
- 随分と活動を休止していたようですが、再開するきっかけは何だったのでしょうか?
-
インターネットをみていて、僕たちのアルバムがコレクター達の間で評価され始めてるということを知ったんだ。驚いたね。ノルウェーのTURBONEGROの『RETURN TO DUNGAREE HIGH』という曲では、僕たちの曲『BRAIN JOB』の中の『I GOTTA HEADACHE IN MY PANTS』という歌詞が使われていたりとか、彼等も僕等の曲から影響を受けたと言ってくれているみたいだし、他にもJACKPOT、RAYDIOS、CANDY SNATCHERS、SISTER GODDMAN、それにBOBBY TEENS等いろんなバンドが僕らの曲をカヴァーしてるという事を知って、僕らのホームページを立ち上げようと決めたんだ。で、ウェブを立ち上げてみると嬉しいことにストックホルムとか東京とか、ホント世界中から メールが届くようになって。そこで自分たちのレーベル(MIND CONTROL)を立ち上げて、1STアルバムをリマスタリングしてボーナス・トラックも入れてリリースしようということになった。どれだけ売れるか想像がつかなかったんで、少ししかプレスしなかったんだけど。そうしたら更にサンフランシスコのレーベル(WHITE NOISE)から、僕たちが’77年にリリースしたBIZZORSとのスプリットLP『FROM AKRON』とライヴを収録した編集盤『RE-TIRED』のリリースのオファーが来て、勿論出してもらうことになったんだ。
-
再結成した直接のきっかけは、LASVEGAS SHAKEDOWN(日本のSUPERSNAZZ等も出演した一大パンク・フェスティバル)でLIVEをやらないかと誘われたことだね。正直なところ、再結成するなんて夢にも思ったことはなかったけど、幸いなことにオリジナル・メンバーはみんな元気だし、喜んで引き受けることになったんだ。結局SHAKEDOWNではやることは無かったけど、僕らはAKRONに戻ってHILAND THEATERっていう大きな会場でプレイした(当日の模様はCD化されたものの、現在は残念ながら廃盤となっている)。それをきっかけに活動を徐々に再開していったのさ。
- その新作をリリースしたSMOG VEIL(カリフォルニアにありながらも、OFF BEATSやPERE UBU等クリーヴランドの音源を積極的に発掘するレーベル)とはどのようにして契約にいたったのですか?ELECTRIC EELS(DICTATORS等と同じく、PRE-PUNK ERAの70’S中期から活動するCLEVELANDのパンク・レジェンド)の紹介という噂もあるようですが。
-
僕等がカリフォルニアをツアーをしている時にライヴがキャンセルになった日があって。ちょうどいいやと思って、『TALK TALK』を 含む四曲をスタジオで録音したんだ。出来上がってみると、これが結構いい出来で、シングルでリリースしてくれるところがないかと思っていろいろとレーベルをあたってみたんだ。その中でも特にSMOG VEILがリリースすることに興味を持ってくれた。オースティンでプレイした時にレーベルのオーナーが僕達のライヴを見に来てくれて、彼がすごく気に入ったからシングルじゃなくってアルバムを出そう!と言ってくれたんだよ。すぐにBUZZ(RCR結成当初からのギタリスト)と僕で更に新曲を作って、バンドを集めて、LAで見つけた最高のスタジオで録音を始めた。STREETWALKING CHEETAHS(RADIO BIRDMANのDENIS TEKやRUNAWAYSのCHERIE CURRIE、MC 5のWAYNE KRAMER等のバック・バンドを勤めたことでも知られるLAのバンド)のヴォーカル、FRANK MEYERSも力をかしてくれてたおかげでたったの3日間で11曲も録音できたんだ。それですぐにマスターをレーベルに送り、今年の6月にリリースされたという訳さ。紹介したのがELECTRIC EELSだって?違うと思うけどね、可能性は否定できないけど。多分僕等のCDのデザインをしてくれたBOB RICHEY(PUNK/GARAGEファン両方から支持を受けるCLEEVLANDのPUNK LEGEND、PAGANSの元ドラマー。)じゃないかな、彼はほんとにいいやつなんだ。ほんとにね。
- なるほど。クリーヴランドとアクロンは地理的にも近いですし、シーンが繋がっていたことが伺えますね。ところで、新曲の中に『I DON'T WANNA BE A PUNK NO MORE』という曲がありますが、どういう心境を歌ったものなのでしょうか?
-
みんなこの曲が引っかかっるみたいだけど。RAMONESみたいだ、なんて言われるんだけど、ぜんぜん違うものだと思うね。確かにRAMONESの名曲『PINHEAD』の中で「IDON'T WANNA BE A PINHEAD NO MORE」ってフレーズが出てくるし、そう言われるのも分からなくもないけどさ。でも、僕等の曲のほうがもっとハードなサウンドだし。この曲は、僕らの知っているあるバンドのヤツが、もっと他のことをしたいって言ってバンドを辞めたときのことを歌っているんだ。勿論僕自身のこととはなんの関係もない。タイトルそのものを否定するようなパンク・ロックに仕上がっているし、皮肉たっぷりで興味深い曲に仕上がったと思っている。
- SITV BATORS(DEAD BOYSのVO。90年に交通事故が原因で死去)のことを歌ったと思われる曲『DEAD BOYS』がありますが、彼らとはどういう関係だったのでしょうか?
-
そうだね、この曲はSTIV BATORSのことを歌ったものだ。当時から彼とは仲が良くって、DEAD BOYSとはよく一緒にライブをやっていた。1977年にはCBGB'S(言わずと知れたNYの伝説的ライヴ・スポット)で三日間一緒にやったこともある。彼等とはよくAKRONにある僕たちのクラブ、CRYPTでライヴをしていた。ある晩、DEVOとDEAD BOYS、そして僕たちが出演したことがあったんだけど、そのとき、何とDEVOとDEAD BOYSが喧嘩を始めてさ(DEVOがステージ上からDEAD BOYSのギタリスト、CHEETAH CHROMEをからかったのが原因といわれているが、真相は定かではない)。その時にSTIVがバンド名をRUBBER CITY REBELSにしたらどうか?って言ってきたんだ。それまで僕らは『KING COBRA』って名乗ってたんだよ。L.A.でDEAD BOYSのライヴがあったときに、STIVとCHEETAHのバック・バンドを勤めたことも何度かあったんだけど、その時にはDEAD BOYSの曲は勿論、僕等の曲やNEW YORK DOLLSの『PERSONALITY CRISIS』やSTOOGESの『SEARCH AND DESTROY』なんかのカヴァーもやった。つまり僕等はDEAD BOYSだったこともあるって訳さ。この時のテープが残ってたら良かったんだけど、残念ながら見つからないんだ。
- それは是非聞いてみたい!テープが発見されるのを心待ちにしてます。では、新作についてもう少し聞かせてください。新作の中で唯一75年とクレジットされている『BORN DEAD』をセルフカヴァーしようと思ったのですか?
- 『BORN DEAD』は確か一番最初にやったオリジナルの曲なんだ。この曲はキャピトルから出る2NDアルバムに入るはずだったんだけど、残念ながらアルバムを出すことが出来なかったから、お蔵入りになってしまった。でも実は映画『ASSASSINATION GAME』('82年公開のホラー作品。サントラは出ていないようです)に提供したこともあるんだけどね。
で、今回アルバムを作ることになった時に、作ったはいいもののリリースしたことのない曲で何かいいのがないかと思って捜していて、この曲がぴったりじゃないかと言う事になったんだ。昔のヴァージョンはイントロも長くて、スローな感じだったんだけれど、今回のアルバムではスピーディでタイトなアレンジでやってみたんだ。これは上手くいったね。昔のヴァージョンは『LIVE FROM AKRON』(廃盤)で聞けるから、探してみるといいよ。
- なるほど。ところで、当時のAKRONのシーンはどのようなものだったのでしょうか?DEVOやPERE UBUの出身もこの地ですし、STIFFのコンピを聞いてもエキサイティングなシーンがあったように思えるのですが。
- 当時のアクロンのことを知りたければ『ARE WE NOT MEN、WE ARE DEVO』を読むといいんじゃないかな。勿論、DEVOのことがメインにかかれた本なんだけれど、彼等のいたアクロンのシーンのことも詳しくかかれているしね。僕たちはアクロンではじめてパンク・クラブを作った。N.Y.のCBGB'Sみたいにしたかったんだよ。そこではPERE UBUやBIZARROS、DEAD BOYS、そしてDEVOなんかが演奏していた。実際、アクロンでパンクを聴きたければそこしかないっていう状況だったんだ。一緒にやってたDEVOも成功したしホントそういう意味ではいいシーンだったんじゃないかと思うね。まあシーンといっても本当にアンダーグラウンドなもので、そんなものがあったなんて後になって振り返ってから気づく程度のものだったんじゃないかな。
- 今にして思えば凄いバンドが出演していたんですね。シングル『YOUNG AND DUMB』をプロデュースしたJACK LEE(EX.NERVES)とは、どのようにして知り合ったんですか?また、彼の曲『PAPER DOLLS』をカヴァーするというアイデアは誰が出したのでしょう。
-
NERVESがNEW YORKでライブするって話を聞いて、それなら途中でAKRONによってもらって、僕たちのクラブ『CRYPT』で演奏してもらえないかと思って、何とかしてPAUL COLINS(NERVESのドラマー)と連絡をつけたんだ。今と違って、当時は彼等のようなバンドがN.Y.やL.A.、S.Fみたいな大きい街以外でプレイするのはほんとに難しいことで、全国をツアーして回れるのはTOP 40に入った一部のバンドだけだったんだよ。だから結構大変だったんだけど、最終的には彼等をクリーヴランドに呼ぶことが出来て、競演することが出来たんだ。
その後僕らは78年にLAに引越したんだけど、当然向こうには知り合いがいなくって。そんな訳で彼等にはかなり世話になったね。その頃BLONDIEがNERVESの『HANGING ON THE TELEPHONE』をカヴァーして大ヒットを飛ばしたおかげで、曲を作ったJACK LEEは相当人気があったんだけど、JACKは本当に僕等のことを気に入ってくれて、僕等にライヴのバックバンドをして欲しいっていってきたんだ。もし話を受けてくれたらシングルをプロデュースするって条件付きでね。勿論快諾したし、そこで『YOUNG AND DUMB』と彼の曲『PAPER DOLLS』を録音したってわけだ。このシングル、最近僕たちが再発したんだけど、プレス枚数も少なかったしもう手に入らないかもね(JET SETでは近日再入荷の予定!)。
- アルバムの共同プロデューサー、DOUG FIEGERとはどのようにして知り合いましたか?彼もまた今でも活動を続けていますが、現在も交流はありますか?
-
ああ、勿論今でも彼とよく会ってるよ。DOUGは僕の良き友達でもあり恩人でもあるんだ。僕らが78年にはじめてLAに来た時、彼はまだSUNSET BOMBERSでプレイしていた。僕等はすぐに仲良くなって、よく一緒に遊んだものさ。DOUGはKNACKを結成するためにすぐにそのバンドを辞めて、それから後はみんなの知っている通りだ。SUNSET BOMBERSを抜けてKNACKでもプレイしていたドラマーのBRANDONは僕たちのバンドでも叩いてくれたことがある。SIREとの契約が上手くいかなくって、DANNY達がバンドを離れたときにね。後になってDOUGはレーベル(CAPITOL)を紹介してくれて、しかも1STアルバムのプロデュースまでやってくれた。あれはほんとに貴重な体験だったね。
- そのDOUG FIEGERがプロデュースした1STアルバムを2000年に自身のレーベルから再発するに至った経緯は?CAPITOLからの再発は考えなかったのですか?
- そうだね、それはもう全く考えられなかった。彼等はそんなこと考えたことも無かったようだし、協力さえしてくれなかった。それ以上のことはもう言いたくないね。
- それで自分たちでリリースすることになったんですね。1ST再発に際して、ボーナストラックが追加されていますが、この曲はいつ作られたものですか?
-
『BRAIWAVE』と『SUPRISE,SUPRISE』(ROLLING STONESのカヴァー)は2NDアルバム用のデモとしてとっていたもので、このカップリングで’81年に自主で7”でリリースした。『CAUGHT IN DREAM』はTRIPE XからリリースされたALICE COOPERトリビュート盤に提供したもので、『WELCOME TO NIGHTMARE』は’90年ごろに作った曲だ。自分達で再発するにあたって、CAPITALからリリースされた当時のままのものとは違うものにしようと思って入れてみたんだ。楽しんでくれたかい?
- 勿論です。特に『BRAINWAVE』の7”は中々手に入らないものですし。
ところで、1STアルバム冒頭を飾っている、FLEETWOOD MAC『SOMEBODY'S GONNA GET(THEIR HEAD KICKED IN TONIGHT』をカヴァーするというアイデアはどこから出てきましたか?REZILLOSもこの曲をカヴァーしていますが、彼らのヴァージョンには影響を受けましたか?
-
これもよく聞かれるんだよね。でも、自分達のアルバムが完成するまで、彼等がこの曲をやってるって知らなかったんだ。いつ頃からこの曲をやってたのか、ちゃんとしたことは覚えてないんだけど、多分結成当初からレパートリーに加えていたと思うね。 昔に買ったコンピで『BRITISH BLUCE ANTHOLOGY』っていう、ROD STEWERTとかERIC CLAPTONとかがまだ有名になる前の音源が入っているのがあるんだけど、その中にVINCE VINCE AND THE VLIANTS(FLEETWOOD MACの前身)の『SOMEBODY GOING TO THE GET THEY'RE HEAD KICKED IN TONIGHT』が入っていて、それからの影響はあると思う。この曲がホント大好きなんだ!ところで聞いた話だけど、REZILLOSはもうこの曲をやらないっていってるらしい。何でもスキンへッズがこの曲を好んで聴くかららしく、それが嫌みたいなんだ。
- 確かに歌詞の内容もそういう風に誤解されなくもない曲ですしね。
BOBBY TEENSやCANDY SNATCHERS、更に日本のRAYDIOS(EX.TEENGENERATE、現FIRESTARTERのFINK氏、SAMMY氏在籍)等多くの若くて素晴らしいバンドに影響を与え、更に彼らがあなたたちの曲のカヴァーをしていることに対してはどう思っていますか?
- 僕達が他のバンドの曲をカヴァーするときは、自分達がほんとに好きな曲をやるようにしているんだ。少しでも多くのオーディエンスにこんないい曲があるんだってことを伝えたいし、それにそのオリジナルをチェックして欲しいってこともあるしね。だから僕等の曲をカヴァーしてくれるバンドがいるってのは誇りに思っているよ。
そういえばBOBBY TEENSとはSFで競演したことがあるんだけど、そのときに彼女達が例の曲(YOUNG AND DUMB)をプレイしてくれて、キッズも凄く盛り上がったんだ。ショウが終わった後、サインをしてくれって言われたりもして。ほんとにクールなバンドだし、ずっと続けて欲しいね。
- もし来日の予定などあれば聞かせて欲しいのですが。
- 僕たちは今年の初めにヨーロッパをツアーして回ったんだ。僕等が誰なのか、あまり良く知られていないにもかかわらず、みんな盛り上がってくれた。ヨーロッパでは新作がMUNSTERからリリースされる予定で(今度はアナログでも出るとのこと!)、また冬にでもヨーロッパを回ろうかと考えている。それと、今年の秋に出る予定のゲームソフト『TONY HAWK'S UNDERGROUND』(伝説的スケーター、TONY HAWKがプロデュースするゲーム・ソフト)のサントラに僕たちの曲『PIECE OF MY BRAIN』が収録される予定なんだよ!前作は全世界で400万枚(!!!)も売れたらしいんで、アメリカやヨーロッパは勿論、アジア諸国でも注目されたらいいなと思っているんだ。もし、日本に呼びたいってやつがいたら教えてよ、喜んでいくからさ!
- と言う事で、我こそは、と思われる方は是非彼等にコンタクトをとって欲しい。連絡は彼等の音源の購入(勿論当店でも入手可能)は勿論、豊富なコンテンツも楽しめるサイトから可能です。→ http://www.rubbercityrebels.com/
All Rights Reserved, Copyright © 1998-2012 JET SET