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Electro/Headz
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Techno
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House
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Big Beat/Mash Up
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Rock/Indie 00's
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Rock/Pops 60's~90's
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Jazz
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Soul/Funk
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GETO BOYSの新作が出た。グループとしてのアルバムは久し振りのはずだが、ありがちな「シーンに帰って来たぞ!!」みたいな気負いは一切無し。こっちも大した期待もしないで昔から好きだったという理由だけで試聴もしないで購入。これが大当り。大傑作というわけではないけれど、とにかく内容が充実している。目新しいところがあるわけでもないし、だからといってベテランの座にふんぞり返って味だけで聴かせようというのでもない。音に迷いがない。良い状態にあるのだなぁということがひしひしと伝わる。ラップのアルバムでは余り感じたことのない種類の充実感だ。何てことを思いながら、自分のBBSで紹介することもしなかった。一週間近く自分だけでひっそりと楽しんでいた。今どき、GETO BOYSの話題に乗ってくれるひともいないだろうとあきらめていたからだ。ところがある日、珍しく届いたイシグロからのメールに「GETO BOYSの新しいの結構いいです」とあった。うれしかった。次の日、ライブのリハでツボイ君に会った。GETO BOYSの話をする。ツボイ君本人は聴いていないが「評判いいですよねー」という。そうか、僕の耳は間違っていなかった。そうやって、ほかでも評価されてることを知るとまた新たな気持ちで聴きたくなる。不思議なもので自分ひとりだけでいいと思って聴いているより、誰かほかにもいいと思っているひとがいることを知って聴く方が楽しい。ブログなんかをのぞいていると、聴いたCDだけをズラズラ並べているようなのが珍しくない。「僕も聴きました。いいですよね」と言って欲しいのだと思う。
で、しかし、それでも、自分ではすごくいいと思うんだけど、あんまりひとに勧めづらいレコードというのもある。大体、レコメンドなんて言い方が恥ずかしい。引いちゃうひともいるだろうなぁ、そう想像すると勧めるにもひとを選ぶ。例えば今回紹介する富岡多恵子のCD『物語のようにふるさとは遠い』(P-VINE RECORDS)もそんな一枚だ。問題はとにかくこの異様な声だ。何度聴いても女性か男性か判別し難い。老人のようでもあるがジャケに写る富岡多恵子本人はどう見てもまだ20代だ(資料によると1935年生まれだから発表時は40代前半)。キャラなんて言い方の範疇には収まるところのないその特異な声で歌われるメロディーというのがこれまたどう味わったらいいものか途方に暮れてしまう。感情移入を拒否される。耳を楽しませてくれるのが当り前の目的として作られるメロディーとは徹底的にかけ離れた旋律。といってもひとを驚かせたり、恐がらせたりするために奇をてらって作られたものでもない。富岡多恵子というひとが歌で何かを表現しようとしたらこういうカタチにしかならなかった。ほかのカタチはありえない。それだけは確かなこととして伝わる。変なものを作ろうとして変なものになっているわけではない。自らコミュニケーションを拒絶して孤立しているわけではない。聴き手に歩みよろうとはしていないが、殻を閉ざしているわけではない。まるでただひとつの石のようにそこに在るだけ。このCDのことを話題にしようとしたら、その勧めづらさが最も相手と共有できるだろうポイントだ。ノイズ・アヴァンギャルド系にありがちなキモダメシ的作品でもない。こういう作品を聞くと僕たちは普段音楽の何を楽しんでいるのかということを改めて考えないわけにはいかない。「楽しみ」として供せられる音楽に対して限りなく横柄になっていくリスナーと呼ばれるひとたち。
例えば僕は最近、音楽誌等で音楽を語る言葉がグルメ評論家が料理を語る言葉と同じになってしまっていることがたまらなくイヤだ。美メロなんて言い方が大嫌いだ。音楽をサプリメントか何かのように扱い、実効性を求める。自分に合っているかいないかだけで評価する。クラブ・ミュージックというジャンルも、目的が踊らせることに特化しているからどうしても実効性に評価がかたよりがちだ。そんな中で僕が自分の金を払って買うのは実効性にとどまらない、何か異物が混入されたようなレコードだ。機能美というのはある。確かにそれもひとつの美しさだ。男の子はみな戦車やピストルをカッコいいと思う。そういうカッコよさへの憧れは捨て切れるものではない。でもそこだけにとどまりたくもない。
音楽というのは必ずしも聴き手に奉仕するためにそこにあるのではない。このCDもそうだ。このCDはあなたに何も奉仕しない。そのことを聴いたこちらはわかってしまっているからひとに勧めづらい。何であれ、自分のために奉仕しないようなものに対して怒りをあらわにするようなひとが多い世の中だ。
坂本龍一によるバック・トラックだけを取り上げてこのアルバムを評価するのはたやすい。しかし、それだけを目的に聴いたやつに「このキモいヴォーカルさえなければなぁ」なんて言われておとしめられるのが目に見えている。そんなことなら紹介しないほうがいいくらいだ。