第四話
……焦点の合わぬ自分の顔がサイドミラーに写っている。その不自然な笑顔の有り様を、格好が良くなくてとても嫌なものだとはわかっていながらも、英男がこれ以上機嫌を損ねないようにする為にはやむを得ない。気がつくと、いつの間にやら雨が降っていた。あたりの雲は分厚くなって、まだ六月の四時前後だというのに、灰色より黒色に近い。俺の下手な気の使い様が、余計にこの下らない気まずさを延長させている。
大きな川を渡って、くねくねとした二車線の坂道を上がっていくと、目的地の修善寺に到着してしまっていた。大きな駐車場に車を止め、温泉街のまん中を流れる桂川に沿って歩いた。もうなんだか、こんな不自然で申し訳なさそうな笑顔のまま、びしゃびしゃと五月蝿い雨の中、兄の気も知らぬ愚鈍な弟と共に旅館へ向かっている自分が可哀想でたまらない。しょうがないので、旅館に到着する十分そこらの間に、英男より勝っている自分の能力について、いろいろな事を考えてみた。幼い頃は、英男よりも自分のほうが好奇心が旺盛で、かつ慈悲深く、面白いマンガ本を見つけてきては、よく貸して読ませてやったり、その登場人物の似顔絵などをお絵書きノートに描いて見せてやったりした。最も記憶に鮮明なところでは、一日がかりで、横山光輝先生による三国志の関羽雲長をポスカでセルシートに丁寧に描き上げ、誕生日のプレゼントに気前よく与えてやったことなどもある。あの頃の英男は本当に可愛かった。小学校の高学年になる迄、押し入れの襖に両面テープで関羽雲長のセル画をずっと貼っていたし、大人になったら中国を統一したいと嬉しそうにはしゃいでいた。まあ、関羽雲長のような立派な武将に憧れるというのは、兄としても非常に喜ばしい限りであり、たぶん、末は博士か大臣か、とかなんとかと母が嬉しそうに笑っていて、つられて俺もなんだか嬉しいなあ、なんて思っていたような気もする。そういえば、関羽雲長は強いだけではなく、義の人であるとされている。そうそう、なにかのマンガ本で読んだような話の記憶だとは思うが、義とは我を美しくすると書いて“義”と読むらしく、正しく男の道なのである。それに比べて、今の英男はどんなもんだろうか……。もう、全然駄目なのではないのだろうか。もはや、職もなく、家賃も払わずに友人宅に居候し続けているだけの、だらしがない厄介者になってしまっている。おまけに、明るい気持ちさえ忘れてしまった。我が美しくなっていない。それに比べて兄たる俺ときたら、そんな英男に銭と車を借りてきてもらい、その銭と車で修善寺温泉に気晴らしに来ている。嫌だ嫌だ。これもまた、完全に我が美しくなっていない。そんな調子の悪いことばかり思考していたら、なんだか腹が立ってきたから、こいつをこのまま山に捨ててきてしまおうかとも思ったが、丁度目当ての旅館に辿り着いた。
受付けで宿泊帳にいろいろと記入してから、背丈の低い眼鏡爺さんに部屋迄案内してもらった。去年来た時には丸っこい四十男が案内だったような記憶があるのだが、彼はいないようだ。たぶん、仕事をするのが面倒臭くなって、どこかに消えてしまったのだろう。少ない荷物を畳に置き、雨に濡れてしまった衣類を干し、浴衣に着替えたところで、英男がようやく口を開いた。「兄ちゃん。いいね、この値段でこの旅館はないよねっ」。全く、弟なんてものは簡単だ。そして、簡単なのだけれども、確かに英男の言う事にも一理あって、素泊まりで一人一泊五千五百円という安さのわりには、部屋に妙な貫禄があるのだ。後で聞いたところ、この付近ではそう特別古いほうでもないらしいのだが、大正元年に建てられたらしく、築年数でいうとだいたい百年くらい経っているらしい。戸を開けると庭先一メートル先に桂川が流れている。降り続ける雨と重なりあってとても渋い。「渋いっ。英男、見てみろよ」、「ほんとだっ、渋いっ」。全く、英男は下らない男だ。安い女のように雰囲気だけでコロコロと気分が変わる。(続く)

