サイトウミワコ『ガール ミーツ ボーイ』
ひとと会う用事があって仕事帰りに神保町に向かった。約束の時間までは30分ほど余裕があったので古書センターの9Fにあるレコード社へ寄り、ニュー・ミュージックの新入荷のコーナーで見覚えのない12インチ・シングルを見つけた。
斎藤美和子の「恋人はいつでも」。レーベルはバルコニーで、86年のリリースである。
バルコニーといえばたしか、じゃがたらの12インチも出してたな、と思い出した。実際に当時、バルコニーから出たレコードで買ったものがあったかどうか思い出せなかったが、いいレーベルだったという印象はあった。ジャケットもいい。しかし、裏ジャケを見て驚いた。斎藤美和子本人らしいショート・カットの女の子がバスタブにつかっているのだが、三角の陰毛がはっきりと映っている。86年といえば、まだヘア・ヌードが当たり前になるちょっと前ではないだろうか。アートワークが八木康夫であることを見て、納得した。バック・ミュージシャンには沖山優司の名前もある。値段は1400円で、これは買うしかない。同じコーナーにあった原マスミの一枚目と一緒に購入した。
斎藤美和子という名前に聞き覚えはあったが、どんなアーティストだったか知識は全くなかった。家に帰って早速ターンテーブルにレコードを載せる。針を降ろす前に僕が期待していたのは、去年手に入れて以来DJでもよくかけているコクンエルの12インチのような、ニューウェイブ後期のダンサブルでポップなサウンドだった。
針を降ろすとディレイのかかったファンキーなギターのカッティングが聞こえてきた。「恋人はいつでも」は期待以上の素晴らしい曲だった。その瑞々しさに涙が出そうになったくらいだ。早くDJでかけたいと思った。
86年といえば僕が見よう見まねでラップを始めた年である。もちろん、買うレコードもほとんどがヒップホップという状態になっていた。その直前までは、自分と同世代のミュージシャン達が作る日本のニューウェイヴを熱心にチェックしていたのだが、それも、おろそかになりはじめていた。最近になって、その当時、自分がスポイルしてしまっていたレコードの中に、実はいいもの結構あるということを発見して、中古レコード掘りのポイントのひとつにもなっている。
「恋人はいつでも」は内容は素晴らしいのにセールスに結びつかなかった故、中古レコード市場にもあまり出回ってない、という例の典型だと思う。80年代後半にはそんなレコードがまだまだ他にもありそうな気がする。なにしろ時代はインディーズ花盛り、突飛な音楽が受け入れられるかわりにいい曲が埋もれるということもあったのではないか。
この連載で取り上げようと、斎藤美和子の作品がCD化されていないか探してみた。88年のアルバム『ガール ミーツ ボーイ』(JAPAN RECORD / LHAC-7003)。ボーナス・トラックとして12インチ・シングル「恋人はいつでも」の3曲も収録されている。このCDの解説によれば、斎藤美和子は元タンゴ・ヨーロッパのメンバーということだった。
タンゴ・ヨーロッパは82年にデビューした女の子だけのバンドで僕もよくおぼえている。経歴から察するにおそらく僕と同世代だと思う。余談だが、じゃがたらのコーラスで、その後、スリルに参加し、ソロでも作品を発表しているユカリもタンゴ・ヨーロッパのメンバーだったという。これは知らなかった。
アルバム『ガール ミーツ ボーイ』は、オールディーズ、ポップスへのオマージュという作りになっていて、わざわざ湯川れい子に作詞を依頼したりもしているし、「ドン・タタ・ドン・タ」という定番のリズムの曲もある。
オールディーズや50年代のポップスを嫌いだという人は余りいないのではないかと思う。僕も嫌いではないが、日本のアーティストが真面目にポップスに取り組もうとするとき、オールディーズや50年代のポップスを手本にしてしまう例が多すぎる。その上、テクノ・ポップを含め、ニューウェイヴはオールディーズとの親和性が高い。
せっかく「恋人はいつでも」で、オールディーズに頼らない、ニューウェイヴを通過した新しいポップスを作ることに成功しているのに、アルバムはオールディーズ寄りというのは後退ではないかと思ってしまうのだ。「恋人はいつでも」の路線で一枚アルバムを作っていてくれたら、と今頃になって発見した僕が言ってもしょうがないことはわかっている。
それでもそんなことを思ってしまうのは、最近、めっきり、いいなあ、と思えるポップスに出会うことがなくなってしまっているからでもある。街で聞こえてきたりTVで耳にする音楽がカッコいいヒップホップだったりロックだったりパンクだったりするなんてことを僕はもう期待していない。だけど、カッコいいポップスはこのJ-POPの時代にもあっていいのではないかと思う。J-POPではなく、J-ポップスが聞きたい。
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