「ビジネスマン、あいつらはおれのワインを飲んでいる」

ボブ・ディラン「オール・アロング・ザ・ウォッチタワー」
(『ヒット・マン』(角川書店)の扉より)

友人の中村大氏の目撃談。京急か横須賀線だかで、B系ファッションでキメたお兄ちゃんがノリノリで立っていた。そこに休暇中の米軍兵らしき黒人2人組が乗ってきて、彼に気付くや指差して(失礼な奴らだけどね)「オー、ヒップホップ・ボーイ!」と笑った。B系ファッションの彼は怒るどころか小さくなってうつむいてしまった…。

一昨年からエム・レコードは本格的な海外輸出を始め、まだまだ行き渡っていないのが現実だが、配給網は少しずつ広がっている。ほんとに少しずつ。うちは海外作品の再発が中心なので、例えばその音楽家のいる当の国の人にしてみれば逆輸入CDを買うことになる、ということも起こる。我々だと日本のアーティストの作品が海外で作られて、それを輸入して聴くのを想像すればよい。かつてYMOが試みた時それは事件だったはずが、そんなもの今は誰も驚きもしない。問題ですらない。音楽の世界はかつてのような国単位での明確な線が引けず、イメージはあいまいになっている。
80年代から90年代までの自分の記憶と印象をたどると、音楽は都市単位で意識していた。NYヒップホップ、LAメタルとか。マンチェスターなんてそのままただの地名じゃないか。でも情報を共有していれば問題なかったのだった。じゃ今はというと、もはや都市単位でみることも稀で、個人単位、レーベル単位(?)という他者同士が共有しにくい感覚が生まれている。ともかく最小単位に向かっているというのが実感としてある。全ては自宅の一室に収束されていく。
ここで海外/国内のディストリビューションについての経験上の感想を書いてみよう。国内の業者だと、大方のところ、まずやってみるが枚数は期待するな、という。これが古くからある大手取り次ぎとなると話は別で、敷居が高くなり自らが流通するものを選ぶ。こういうのは既得権を行使しているようなものだと理解するのが良い。一方、海外の業者は規模の大小に関わらず流通する作品を選ぶ。では両者は何を<選ぶ>のか?ここにポイントがある。国内大手が選定するのは取引条件をクリアするもの、すなわち法人であるか、資本金は、支払いはという金銭上の項目が前にあり、海外業者はその内容、すなわち作品そのものとマーケティング上の根拠が先にくる、という傾向だ。
マーケティングを何かと重要視するのがイギリスで、いちいち戦略的な展開を迫る。かような気質ゆえにトレンドを作り出すのもうまいが同時に弱く、アーティストの短命さ=使い捨て感覚はかつてのNYのようだ。
アメリカは国土があまりに広すぎ、州単位でみることになる。例えば、テキサスとカリフォルニアはセールスがまるきり違う。全米規模の大手配給網は利権と打算が入り乱れるタフな世界で、とても我々のような堅気(なんかな?)レーベルには手が出ない。この辺りのことは『ヒップホップ・アメリカ』(ネルソン・ジョージ著)でのデフジャムとコロンビアの関わりに触れてあるので、読めばその感じが掴めるだろう。その初期にインディー・レーベルとアーティストを巧妙な罠にはめ、金をかすめ取ってきたというこの全米大手配給網のダーティーな体質については『アトランティック・レコード物語』(早川書房)に詳述され、『ヒット・マン:CBSはレコード部門をなぜソニーに売ったのか』(角川書店)でも配給についての攻防が生々しく紹介されている。どれを読んでも強烈な印象を残すことうけあいだ(『デトロイト・メタル・シティ』は漫画だがこちらは現実)。米国のディストリビューターというのは時にペテンの手段も使って財を成した先達の跡取りであることを忘れてはならない。面白いのはこうした話全てに登場してくるルーレット・レコードとモリス・レヴィーの名前。モリス・レヴィーはマフィアとつながりがあったとされ、幾度も危ない橋を渡って刑事処罰も受けた?人物だが、NJの弱小レーベル、シュガーヒルを全米配給し黎明期ヒップホップの興隆に一役買っているのも事実(*ゆえにシュガーヒル関連の初期作品はルーレットのスリーヴに入っている)。こういう話は好きだ。
配給網というのは、作品を制作者になり代わって世の隅々に送り届けるという崇高な使命と共に、ただAをBに卸すだけで利益を生みだすという利権ががっちり組み合わさっている。しかし、永遠に続くと思われたこの商売も雲行きがあやしくなってきた。

(そろそろ枕で書いたことの意味が現れてくる段階に入ったが、長くなったので続きは次回に)

*今回紹介した本は全てお薦め。金に群がる人間の本質を見るようです。

 
 

AUTHOR PROFILE:
江村 幸紀(えむらこうき)

エム・レコードの代表で制作担当。ごぞんじ<水中シリーズ>に続く平成19年9月のエム新譜ニュー・エントリーは、シェリフ・リンド以来となる超久々のレゲエ・タイトル、ブレンダ・レイ『ワラッタ』。ド変態DIYレゲエ大傑作となっております。