天地聡子『天地聡子大全〜フーコのコマソン・パラダイス』
なんだか最近、TVを見ているとCMの内容に不快な思いをさせられることが増えた。
あなたの家は臭くありませんか?あなたの服は臭くありませんか?CMの登場人物は自分の配偶者や来客にまで鼻をクンクンさせる失礼な奴らだ。皆さん、そんな失礼な人間になりましょうと言わんばかりの消臭剤のCM。
病気なったらこれだけのお金がかかります、事故にあったらこれだけのお金がかかります、必ず遭うと決まっているわけでもない将来の不幸への不安をあおり立てて加入を勧める保険のCM。
これらのCMが何故不快なのか。共通しているのはどちらのCMも消臭剤を使っていない視聴者、保険に入っていない視聴者に対して否定的な表現をしていることだ。「あなた、そんなことじゃダメですよ」そうCMは僕達を批判する。何でモノを売る側から客である僕たちがそんなエラそーなことを言われなければならないのか。皆おかしいと思わないのだろうか。特に昼間、TVでは消臭剤と保険のCMがやたらとオンエアされる。CMというのは同じ商品のものでも、ある程度のインターバルでリニューアルされるわけだけど、これらのCMはリニューアルされるたびに、その不快さが増しているような気がする。家で昼寝していて目が覚めると、消臭剤を手にした妻が立っているなんて悪夢以外の何でもないではないか。
小学高学年の頃、僕と一番仲の良かった画家の息子のS君といつも話題になったのは、面白いTV番組のことよりも面白いCMについてのことの方が多かった。タコの赤ちゃんの映像が美しかったTVのCMについて興奮して語り合ったりした。商品名や効能より、面白さだけが印象に残ってしまうようなCMが平気で作られていた時代だった。同様に商品名や効能よりも曲の良さが耳に残ってしまうようなCMソングも沢山あった。
そんなCMソングを実に2000曲も歌っていたのが天地聡子である。
その天地聡子が歌ったCMソングを中心にTV番組の主題歌などが集められてCD化されたのがこのアルバム(SOLID RECORDS / CDSOL-1187)だ。
収録された楽曲のうち、当時レコード化されていたのはシングルで発売された「減点パパの唄」「お笑いオンステージの歌」と世界文化社が製作していたポピュラー音楽全集のなかに収録されていた「イパネマの娘」「オルフェの唄」のみ。「減点パパの唄」「お笑いオンステージの歌」はもともとTV番組の主題歌として録音された楽曲だ。膨大な数の歌を録音しているのに、レコードの為に録音した楽曲が数えるほどしかない。こんな歌手は世界的にも珍しいのではないだろうか。そして、レコードによらずにその声をこれほど多くのひとの記憶にとどめさせることができた歌手も天地聡子以外にいないのではないか。
'60年代〜'70年代、TVやラジオで天地聡子の声が耳に入らない日はなかった。それほど天地聡子の声は世の中に広く浸透していた。なかでもこの頃にこども時代を過ごしたひとには、より強く刷り込まれているだろう。例えば本CDの冒頭に収められている「全国こども相談室テーマソング」。この番組は平日の夕方、ラジオで毎日放送されていたから、学校から帰ってくる時間に丁度、家のラジオから聞こえてきた。この曲を耳にすることは完全に生活の一部だった。さらに「パンシロンの歌」「ライオネス・コーヒーキャンディ」、それら天地聡子が歌うCMソングも当たり前のように一日に何度も耳に入ってきた。天地聡子の声はどんな流行歌手の声よりもひとびとの耳に届いていた。それほどの大歌手の歌がまとまった形でCD化されるのは、これが初だというのも驚きである。
このCDにはもうひとつの驚きがある。「イパネマの娘」と「オルフェの歌」で聞くことが出来る天地聡子の歌手としての底知れなさである。これほどの底力を持った歌手が何故、本人名義の作品を残していないのか、と残念に思う。CMソング他の録音が忙し過ぎて手が回らなかったということなのだろうか。
天地聡子の声は明るくハツラツとしている。往々にして「明るさ」には「健全さ」がつきまとい、それはやもするとウザイ。しかし天地聡子の声の「明るさ」にはそんな押し付けがましさがない。破壊的なほどの「明るさ」がある。例えばバカボンのパパの「明るさ」のように超越的でちょっと危険ですらある。そんな天地聡子の声こそ僕にとっての昭和の声なのである。
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