第一回 HIPHOP
東京のアーティストと話すと二言目には「正直、良い噂は聞いていなかったですよ。」
「いやぁ、話すと噂とぜんぜん違うなぁ」と始まる。流言飛語の巣窟と化している状況の中JET SETよりコラム連載の依頼がありペンを握っております。
始めまして、日本一角が立つMC。アズキレコード・術の穴のキリコです。
「キリコさんの知られざる部分にフォーカスが当たるような内容が良いのではないか?」とのご提案を頂き、いろいろ考えましたが、やはりHIPHOPならびに音楽についての堅苦しくも人間らしいコラムを書くことを決意させてもらいました。
第一回は"HIPHOP"
HIPHOPとの出会いは高校生の時に見ていたNBAのビデオだった。バスケ少年だった僕は、当然のようにマイケル・ジョーダンに憧れていたので、黒人音楽つまりHIPHOPにのめりこむのにさほど時間がかからなかった。黒人への憧れ、それはファッションから振る舞い、何から何までHIPHOPでありHIPHOPでなかった。
そんな僕に転機が訪れたのはラフ・ライダーズだったように思える。当時グループに属していた他のMCはそれらを受け入れることができ、僕には出来なかった。思い描いていたHIPHOPとはかけ離れていたのだ。自ずとグループ内では今まで以上にお互いのHIPHOP感を話すようになり、結果脱退した。日本を意識していたグループだっただけに余計に分からなくなっての事だった。
所属していたグループはダイダラボッチだ。僕が表現したいHIPHOPは黒人のフロウを日本語に置き換えて、上ネタを日本の楽器に置き換えたそれではない。
ダイダラボッチは日本を強く意識していたグループだった故に、脱退後の方向性は黒人に憧れていた時期とは正反対だった。それは同じくファッションであり振る舞い何から何までだ。少しだけ自分に戻れたのかもしれない。
そう思うとラフ・ライダーズ、スウィズビーツには感謝しなくていけませんね。
とは言っても自分のHIPHOPってなんだろう?日本のHIPHOPってなんだろう?そもそも日本人にHIPHOPが出来るの?不安や疑問はいつも付きまとった。そんな疑問を解いていく事が第一歩だったように思える。
一人っ子のうえ、家族からの愛情は相当だったと思うし、特別お金に困ったことはない。(こんな事を記事にしたらセールスに影響が及ぶかもしれないが、事実なのだからしょうがない。)平凡な生活にリリックにして面白いストーリー、トピックなんて何もない。
そんな僕のリアルとは飾らず、HIPHOPぶらず等身大のままをリリックに投影することだった。
ストリート、不良を売りとしている、僕より少なからずアメリカ的なゲットーに置き換える事が出来るラッパー達への反骨精神だったと思う。黒人が白人に対する反骨精神とは違うが、それが僕のHIPHOPの始まりだった。
HIPHOPとは自由なアートフォームのはずなのに、限られた言葉、限られた内容、限られたビートばかりだ。その状況からすると、リスナー又は同業者に管理されているようにも思える。自分のハンドルは誰が握るのか?自分を一番うまく操縦できるのは自分以外いないはずだ。
DOのやり方とは違ってウソか真実かが見えにくい似非エンターテイメントはもういらない。若いMCの虚勢はもううんざりだ。
僕がリリースして来たどの作品もオリジナルなリリックと言われているが、ただ「真実のみを詩にする」というシンプルなことだ。
それ以外何もしていない。たかがそんな簡単な事で他のMC達より僕の作品が目立ってしまう事が一番問題なのかもしれない。HIPHOPは蜃気楼であってはならない。
こうやって、日本のMC達の矛盾点を作品にすればするほどセールスは上がったが取り巻く状況は良くなくなったのかもしれない。
文句ばかりでだめだ!なんて言われても気にすることはないと思っている。
争い事は好まないが、ピースな音楽が好きならレゲエを聴けばいい。そしてラッパーはMCを辞めレゲエDJになれ。
東京のアーティストと話すと二言目には『正直、良い噂は聞いていなかったですよ。』
『いやぁ、話すと噂とぜんぜん違うなぁ』と始まる。
全然OK。僕のスタンスに活路を見つけ、自分のHIPHOPを作る手助けが出来ればと思います。
いくらフロウが良くっても、韻が固くても自分にとってのHIPHOPを探すことが出来ないならばただのラッパーなのかもしれません。
HIPHOPは戦いだ。




