ジャックス『腹貸し女 若松孝ニ』
若松孝二監督の映画「腹貸し女」('68年3月公開)のサウンド・トラックとして録音された、ジャックスの演奏全20曲を収めたのが、このアルバム(SOLID / CDSOL-1265)である。
公開当時、僕はまだ8歳で、若松孝二もジャックスも、その名前すら知らない。ジャックスを初めて聴いたのは、7年後の'75年。若松孝二の映画を初めて観たのは、10年後の'78年、18歳のときだった。その前年の暮れから、僕は劇団と関わり、そこでYという男と知り合ったのだが、ある日、彼に半ば強制的に、若松孝二のオールナイト上映へ連れて行かれたのだ。
一本目に観たのは唐十郎主演の「犯された白衣」という映画だ。一人の少年が看護婦の寮に忍び込み、看護婦たちを監禁して立て籠もるという内容である。こう書くと、警察と犯人との攻防を描く緊迫感あふれる活劇か、犯人が看護婦を犯しまくるポルノを想像するかもしれないが、この映画はそんな観客の期待に一切応えない。描かれるのは犯人である少年と、人質である看護婦たちとの不思議な交流である。しかし、それが心理学的考証に基づいた、意外な結末に向かうといったドラマを産むわけでもない。観客が映画に求めるものはことごとく宙吊りにされる。
成人指定だったこの映画には、ふんだんに女性の裸体が映し出されるが、それで劣情が刺激されるわけでもない。裸体はごろごろと床に並べられるだけだ。犯人が看護婦に加える暴力も、白衣をゆっくりとカミソリで切り裂くという、象徴的な形でしか描写されない。観客がどこで映画を楽しめばいいのか、そのとっかかりがまるでつかめないのである。僕はただ呆然と、スクリーンに映るモノクロ映像の、白衣と白い肌が反射するまばゆい光に照らされるしか術がなかった。
どこにも回収されないもどかしさ。それは、その後に観た、どの若松映画にもついて回った。それから今日まで、時には映画館で、時にはビデオやDVDで観直す機会は幾度となくあったが、最初の印象が変わることはない。それは、いまだに消化されないまま自分の体内から排泄できずにとどまっている。
初めて聴いたジャックスにも、同様に安易な理解を拒むようなところがあった。
特に、このCDでも一曲目に収録されている曲「マリアンヌ」がそうだ。この曲は、ジャックスのファースト・アルバム『ジャックスの世界』でも一曲目を飾っている。初めてジャックスに触れる人が、避けては通れない関門のような曲である。
マリアンヌ 作詞 相沢靖子
嵐の晩が好きさ
怒り狂う闇が
俺の道案内
嵐の晩が好きさ
なぐりかかってくる
雨のオトコたち
俺は湖に 船を出す
嵐は船をめちゃくちゃにたたく
まっくらな まっくらな
水の中から あらわれる
白い両手で俺を抱きしめ
嵐を誘う
水の中からわきでた生命
ずぶぬれの髪と身体を
激しく寄せて
嵐はたける 湖は怒る
いなづまが走る
俺は嵐であらわれる
目もくらむ恋に
何も見えない 嵐の晩に
激しく狂った オトコたちにかこまれて
俺はマリアンヌを抱いている
この歌詞に何を読みとればいいのか、僕は未だにわからない。「いい」とか「悪い」とか、「好き」とか「嫌い」とか、簡単に言えないところにある表現。「わからない」から何度も聴く。「わからない」から何度も観る。
ジャックスも若松孝二も、未だに僕を解放してくれない。
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