「トーキング・マン」の巻
久しぶりに書店をぶらぶらしていたら、アルフレッド・ベスタ?の短編集が新刊コーナーに並んでいたのでおやっと思い手に取ってみたところ、それは河出書房の<奇想コレクション>の最新刊であり、ずいぶん前にテリー・ビッスンの短編集『ふたりジャネット』も同じシリーズとして刊行されていることを知りました。ベスターにしようか、ビッスンにしようか……と1分30秒ほど悩んだのですが、"熊が火を発見する"の冒頭をさーっと斜め読みして結局、その日はビッスンを購入することに。これがまたタイトル通り、熊がなぜだか全米各地で同時多発的に火を使い始めてしまった……というだけのファンタジーでありまして、いい湯加減なんです。いかにもビッスンらしく、アメリカ南部のハイウェイのひじょーに日常的なひとコマからはじまる、極上の「ホラ話」なのでありました。
ホラと分かっていながらその語り口の巧みさのためについつい最後までつき合ってしまう。ビッスンのこの感じに惚れ込んでしまったのは、今からちょうど10年前、ハヤカワ文庫から出ていた第2作目『地球の果てまで何マイル(原題:Talking Man)』がきっかけでした。主人公は、ケンタッキーとテネシー州境の小高い丘の中腹で、小さな自動車工場を営むひとりの魔法使い。「トーキング・マン」と呼ばれる彼が、66年型のフォード<ムスタング>で突然に失踪するところから物語ははじまります。追いかけるのは、16歳の娘。そしてなぜだか巻き込まれちゃった大学生の男。62年型のぽんこつクライスラー<ニューヨーク>を走らせ、北米大陸を横断するふたり……なんというか、いいDJを聴いた時のような読後感の、マジック・リアリズム調ロード・ノヴェルなんです。
次々と通り過ぎる地方都市。窓の外を流れる風景。臭い。そして、音。「マカダム舗装の道路を走るタイヤのバラバラバラ……というテンポとよく合う」と巻末の解説でも触れていますが、カントリー・ミュージックが物語の端々で臨場感を高めます。ディキー・リーの"九百九十九万九千九百九十九粒の涙"だったり、ジニー・プルーニットの"サテンシーツ"だったり……。ジュークボックスやら地元のFMラジオから次々と流れてくる音楽たち。アメリカの大衆文化が、移動手段と切っても切れない関係にあることがよく分かります。 クルマはおろか、運転免許すら持っていない小生は残念ながら、日常でこのようなロング・ドライブに身を委ねることは稀であります。仕事でどうしても必要になった場合はいつも、友人、寺尾くんの助手席にちょこんとのせていただくのですが、先日、久しぶりにその機会に恵まれたんです。それは琵琶湖の畔で行われた<JAMS>というパーティー(出演は、JUZU a.k.a MOOCHY、MAMEZUKA、ITAL、DONUTS、APOLLO、KUMA、そしてYOSHITAKE EXPE……)に出演させていただいた日のことで、御殿場アウトレット渋滞(サービスエリア周辺で約2時間足止め)を含めて約8時間の逃避行。おかげでDJタイムにかなり遅れて到着し、皆様ほんとうにごめんなさい状態だったのですが、いやはや、素晴らしくマジカルな一夜でした。真っ暗な湖畔を揺れる淡いライティングの中、ボートハウスの青々とした芝生で踊ったり、寝転んだり。明け方に休息に帰った朽ちかけた旅館<山宗>も最高で、水辺からひとり眺めた朝日はこの秋一番の体験でありました。
このマジカルな一夜に出逢うためのロング・ドライブで聴いていたのもやはり、ラジオでした。といっても地方FM局がそれほど成熟していない日本なのでずーっと実は、みうらじゅんさんと安斎肇さんのラジオのエアチェック・テープを聴いていました(寺尾くんは毎週この番組をカセットテープに録音していて、クルマに乗るたびに聞かせてくれるのです)。8時間以上のドライブだったのでこの日は片道で4?5週分聴きましたかね……。この日のマジカル・ツアーのナビゲーター、つまり「トーキング・マン」はみうらじゅんさんと安斎肇さんだったという訳です。
その番組中はじめて知ったのが、自虐ネタで人気の芸人ヒロシさんの使っている音楽の元ネタ。どこかで聴いたことがあると思っていたら、70年公開のイタリア映画『ガラスの部屋(Plago)』のサウンド・トラックでありました。こちらの映画はセルジオ・カポーニャ監督/脚本の寂しい一本。主演は『カサンドラ・クロス』、大好きなマカロニ・ウエスタンでいうと『無用のジャンゴ』なんかにも出演していたレイモンド・ラヴロック。問題の楽曲の邦題はまんま『ガラスの部屋(Che Vuole Questa Musica Stasera)』でありまして、1968年ペピーノ・ガリアルディによって歌われていたもの。ニニ・ロッソやカーメン・キャバレロなんかも確か、ムード音楽でやってましたよね。
なんだかこのイタリア野郎の物寂しげな歌声が、名古屋を過ぎた辺りの高速の風景に異常に溶け込んでいることに微笑みつつ、日本って本当に不思議な国だなぁ、と再確認。歌謡曲を聴いていてもよく感じることなんですが、目的地が明確ではなく、いつも「ここではないどこか」に向かっている。そんな感じ。そうこうしている内にクルマは高速を降り、琵琶湖に近づいたあたりで偶然にも、「勝手に観光協会」の滋賀の歌"びわ湖一円"が流れてきたんです。思えばあれが、マジカルな一夜の始まりでした。



