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![]() 本題に入る前に、まずは、下記のレコードを見て欲しい。この時代の音楽シーンのトレンドを大雑把に振り返ってもらう為に、ジャンルに関係なく多くのリスナーが知っているであろう、エポック・メイキングな名盤とされるアルバムをいくつか挙げてみた。 書店で買える音楽ガイド本などを見ても、縦軸であるカテゴリー、例えば、サイケ、カンタベリー、フリー・ジャズ、プログレといった文脈での名盤紹介などはしているが、横軸である、同時代の文化・風俗からの影響をうまく伝えることが出来ず、当時、これらの作品にリアルタイムで触れた人々の興奮やダイナミズムを伝え切れていないように感じることが多い。 さて、上記に挙げたアルバムであるが、バラバラのジャンルから名盤と言うことだけで寄せ集めたようでいて、実は意図があってチョイスしている。前衛的であり、ポップでありながら、ジャンルをクロスオーバーする要素を備えているものばかりなのだ。そして、その多くがジャズの自由な柔軟性とロックが持つエネルギッシュな突破力を孕むことに成功している。デヴュー作が多く、初期衝動に満ちていることも特徴だ。さらに言えば、その作品が結果的にそのアーティストのピークであったことも少なくないのだが。 本稿の主軸は、非常に実験的でややもするととっつきにくい印象のあるフリー・ジャズに関することであるが、フリー・ジャズの一番の魅力は、コルトレーンに端を発するような、卓越した技術で、深みを感じさせる精神性などよりもむしろ、もっとシンプルに破壊志向的なスノビズムの中にあったのではないか、と仮定してみたい。そうした俗っぽさが、当時、最新モードであったフリー・ジャズの魅力の一面であり、多くのアーティストが追求した大きな理由になっていたと考えてみると、小難しく捉えられがちなフリー・ジャズが、なんだか粋がった、とりあえずぶちまけて、あとから辻褄を合わせるような勢いに満ちた音楽に思えてくる。そして、そうした性質は最初に挙げたような、同時代の初期のプログレやサイケにも共通するものであると思うのだ。 そうした性質を証明するかのように、フリー・ジャズは、アメリカにおいては東海岸都市部のインテリ、芸術家、学生に支持され、黒人層や多くの一般的なアメリカ人に聴かれることはほとんどなかった。アメリカ国内よりもむしろ、日本やイギリス、フランスなどで幅広く評価され、60年代後半には、アメリカ国内よりもパリやロンドンなど、海外で仕事をするミュージシャンが多かったことも事実だ。 アイディアやセンスにたいして、追いつかない演奏技術のもどかしさ、自分の目指す高みのあまりの眩しさに眩暈を起こしているような、混沌。時々訪れる奇跡的な瞬間。ゴールが見えない故に全員、最初から全力疾走。故に、多くのアーティストがやがては息切れを起こす。乱暴を承知で言い切ってしまうと、フリー・ジャズの実験性がポップであり、ヒップであると多くの若者達が感じた季節は、そのコンセプトが内包した運命ゆえに短かったのではないか。 70年代以降、時代と共に変節を試みたアーティストの多くが、勢いを失う。音楽的な側面のみを評価の対象とすれば、決して創造性を失ったものばかりではないが、時代に添い寝した瞬間の眩いばかりのスパークは確実に遠のいていってしまった。 TEXT: KCMT(JET SET KYOTO)
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