JET SET(J):ファースト・アルバム『SPINHEDDZ』のリリース、おめでとうございます。まずは、タイトルに込められた意味を教えていただけますか?
DJ BAKU(B):ありがとうございます。最初は、DJの音楽だということがわかりやすいように、「TURNTABLE〜」とか「SCRATCH〜」とか考えてたんですが、もっと多くの人達、ヘッズ達に共感してもらおうと考えて。DJをする事の「SPIN」とブレイク・ダンスのヘッド・スピンと丸坊主のスキン・ヘッドと、、、その全てが合体したって感じですかね?ヘッズ達をも掻き回すって意味もあります。
J:アルバムを通して聴くと、BAKUさんのDJプレイを聴いているような感じで、フロアで大きな音で聴きたいという衝動にかられました。トラック製作の過程でフロアのことは頭にありましたか?
B:そう言ってもらえると嬉しいですね。もちろんそれを前提で考えていて。ビートの雰囲気とか、ただ家や車で聴けない感じも嫌だったんで、そのバランスが難しかった。それが成功したかどうかは別として、どんな状況でも聴ける最高のポジションを目指して、このアルバムを作るにあたって僕の音に対する欲深さは頂点に達していましたね。
J:どんな機材を使って、どのような手法で今回のアルバムを完成させたのですか?
B:まず、MPC-2000 XLの容量がいっぱいになるまで、ひたすら好きなサンプリング・ソースを入れる。その時に、KAOSS MIXERで変化させてたり、針を変えてたりも色々してます。で、シーケンス組んで。作り方はオーソドックスなHIP HOPのやり方です。というか、それしかできない。酷い機械音痴でもあるし、楽器はまるでできないし、メロディの弾き方すらおぼつかない。だから、逆にそれ以外のところに気合を入れたという感じです。例えば良いレコードが置いてあるショップを探すところから始めるとか。あとは、アイディアですね。サンプリング・ソースの切り方一つにもアイディアを使います。そして僕がMPCで作った後、エンジニアのカオルさんのところでNUENDOでMIXされています。かなり沢山の情報を先に詰め込むスタイルなんで、シーケンスもMAXの99まで使った曲もある。でもそれはボツになりました(笑)。
J:ビートの質感など、一つ一つの音が刺激的で条件反射的に体が反応し頭を振らされるサウンドですね。音質面でのこだわりなどについてお聞かせ下さい。
B:大量のサンプリング・ソースから、その反応をさせるために数を絞っているから。わざとクリアにしない部分、その逆でハイ・クオリティにする部分、その両立を考えました。ある程度丸みも欲しかった。また、その条件反射的、というのが重要で、なるべく人種に関係なく反応してもらえる音を研究しています。
J:今回のアルバム製作で何か印象深いエピソードはありますか?
B:エンジニアのカオルさんの独り言かな?「ん〜、よく来たね〜、可愛いね〜」と画面に向かって言ってるのにはトバされました(笑)。
J:今回のアルバムでは、ハードコア・パンク・シーンからHEVI氏を迎えた"EAT"という楽曲を披露されていますが、今、BAKUさんの周りで気になるアーティストやセッションしたいミュージシャンはいますか?
B:BLACK GANIONのYOHEY君や、煙巻ヨーコさんも凄いし、この前セッションした、ROVOのドラムスの2人も凄かった。ドラムの音を録らせてもらいたい。CORRUPTEDのCHUさんのドラムも。あと、いとうせいこうさんとか、今里さん(STRUGGLE FOR PRIDE)やMIC JACKの皆や、海外だったらDALEKやフランスのPARA-ONE、etc...。沢山いすぎて書けません。今は、半端じゃない人が沢山うごめいている黄金の時代だと思ってる。
J:アート・ワークに携わっている人達について教えて下さい。
B:これは、本当に今まで願っていた事が実現した感じなんですよ。ジャケットは東京を代表するグラフィティ・ライター。ブックレットの中にいる1人です。そして彼等は、1人1人が独立した価値観を持っている。ダラダラ馴れ合ったり媚をうったり、つるんだりするような人達ではないし、これは音楽でもそうだけど、そういう人には、俺は頼まない。この強者達をまとめる人も重要だった、今回はBLACK GANIONのUNOさんに頼んだ事で、安心して待っていられました。
J:BAKUさんがDJを始めたキッカケは何ですか?
B:14の頃に丁度ヴィデオで出た、2 PAC主演の映画『JUICE』を観てから。そこに出ていたDJバトルのシーンを観て、今までMCのオマケだと思っていたDJが主人公だった事に感動した。
J:BAKUさんの音楽に影響を与えた、モノ、出来事、何でも構わないので教えて下さい。
B:最近、色々思い出していたんですが、父親が家で何気なくかけていたバロック音楽、エリック・サティやクラシックや、小さい頃からグリム童話の日本語版とか、谷川俊太郎の詩とかを聞かされていて。それから、中学生の時は海外のバンドものが周りで流行って、レッチリとかビースティ、PANTERAとか友達から教えてもらってた。「コレいいよ〜」なんて。それがそのまま今になってMIXされたのかなと思います。
J:DJを始めてから、DIS-DEFENSE DISC設立に至るまでの経緯を教えて下さい。
B:16くらいからクラブでDJを始めて、最初はHOUSEの先輩達とイベントに出てた。この前アルバムを出したDJ SODEYAMA君とか。それから、新宿のRAGGAE BARで朝まで1人で8時間DJするバイトもした。その時は、レコードをかける間に牛丼を立ち食いしてやってた。その後、渋谷のPLANETっていうところで、友達とイベントをやりだした頃に、友達と「DO IN DAMAGE」っていうコスリのユニットをやろうってことで、杉並の方のグラフィティ・ライターに、「D」を使ったロゴを作って欲しいと頼んで、その時、今のDIS-DEFENSE DISCのロゴができた。同じくらいの時期に、般若というラップ・グループのDJをしてた。18くらいの時で、それから1年くらい、六本木でイベントを一緒にやったりしてた。その後、グループは別れて、イベントを組んでた仲間もそれぞれの道を歩み出して、とにかく1人になってしまった。バトルに出るわけでもない、どこかのハコにレギュラーを持ってる訳でもない、その時の僕は本当に何もない無力なDJだったんで、まず、TAPEを出す事から始めようと思った。19か20くらいの時なんだけれど。その頃、GOTH-TRADと、SHIMOというヴォーカルと、ANAPHYLAXIN-SHOCKというバンドをやり始めた。その練習の時に、「レーベルやろうと思うんだけど、何年か前に作ってもらった捨てられないロゴがあるんだ。それはDを組み替えてできてるんだけど、Dを頭文字にした良い名前ないかな?」って話をして。その時、DIS-DEFENSE DISCが始まった。
J:これまでに数多くのMIX TAPE/CDをリリースされていますが、MIX音源製作に対するBAKUさんの思いをお聞かせ下さい。
B:僕は、1つのMIXをアルバムを作るくらいの気持ちで取り組んでいます。なので、特に作り込んでいたMIX TAPEシリーズは年1本ペースくらいでしかリリースできなかった。やはり、安いウォーク・マンでHIPHOPを聴いて町を歩いていた10代の頃の思い出が強くて、テープにはこだわった。あのLOWの暖かさ、独特のコンプ感は良いですよね。あと、単純にDJだったらMIXモノでしょう。昔は友達に配ったりもしてたし、「今、こんな良い曲あるんだけど、知ってる??」なんて、教えたがりな部分もDJの役割として重要だと思っています。
J:いつもレコード・バッグに入ってるレコードはありますか?
J:最近耳にしたHIPHOPのレコードで、良かったものは?
J:今、CD-Jを始め、ターン・テーブルなどDJ関連の機材の進化が著しいですが、それについて何か思う事はありますか?
B:機材と共にDJも進化していってて、まだ先がありそうな気がするし、素晴らしい事だと思う。ただ、機械はあくまで道具であって最終的にはその人間の持つパワーや人間性、アイディアが重要だと思う。
J:今、音楽以外ではまっている事はありますか?
B:それがあまりないんですよ、、、。バイクに乗る事くらいかな。
J:最後に、DIS-DEFENSE DISCからメッセージをお願いします。
B:俺に、SEBASTIANとPARA-ONEを教えてくれたJET SETに感謝!これからも良い音楽を扱い続けて下さい。