ECD : 失われたWANT LIST - いわさきゆうこ『マジカル リキュール』 [2015-01-17]

 この二、三年くらいの間に中古盤で買った和モノで一番多かったのが、70年代後半から80年代前半くらいまでに出たシティポップ系の女性シンガーのアルバムである。ざっと100枚くらいは買っていると思う。何故そういうことになったかというとまず単純な話とにかく母数が多いのである。ちょっと中古盤店のエサ箱を漁るだけで知らない女性シンガーのアルバムが腐るほど出てくる。

 70年代後半から80年代前半当時の自分はすでに輸入盤専門店でしかレコードを買わないような偏った志向の音楽ファンになってしまっていたが、だからといってテレビやラジオから自然に耳に入ってくる音楽への興味を失ったわけでもなく、売れている歌手の名前は自然に覚えた。シティポップ系の女性歌手の名前も例外ではないので、シティポップ系女性歌手の名前に限って自分が無知、ということはないはずなのに中古盤店には自分の知らない女性シンガーのレコードがあふれていて、しかもその知らないシンガーが何枚もアルバム・リリースを重ねていたりする。そこには当時の自分が知る術がなかったシーンが存在したと思うしかない。そうした女性シンガー達が当時レコードを録音する以外にどんな活動をしていたのかもわからない。

 『Light Mellow 和モノ Special』というガイド本がある。膨大な情報量を誇るこの本の中でも当時の女性シンガーの活動ぶりがうかがわれる記事は、わずかに『LOFT SESSIONS VOL.1 featuring female vocalists』というアルバムについての「ライブ・ハウス"ロフト"に関わった女性シンガー6名を中心に、多数の実力派ミュージシャンが参加した企画盤」という一文しか確認できなかった。そういえば自分が当時東京ロッカーズのライブを観に行くようになる前のLOFTにはそんなイメージがあったような記憶がボンヤリとだがある。これを書きながら気づいたのだが、ライブ盤が少ないのもナゾだ。僕が聴いたことがあるのは石川セリのライブ盤くらい。女性シンガーのライブ盤とは言えないが、あとは大上留利子がいたスターキングデリシャスのライブ盤があるぐらいか。

 さて、いくら中古盤店にあふれているからといって、それだけで買うわけがない。何故100枚も買ったのか、もちろん理由はある。ひとことでいえばこれだけ沢山作られていながら粗製乱造ではないのだ。予算を充分にかけていねいに作られているのがどの作品を聴いてもわかる。好き嫌いは別にしてクオリティの面で「何だコレ」と思うような作品は少なく、バックに当時一流のスタジオミュージシャン、海外の有名プレイヤーが名を連ねていることも珍しくない。それもどれだけ売れたのかもわからないシンガーのアルバムにだ。そのゼイタクさを見ているとそれらのアルバムはスタジオ・ミュージシャンたちに仕事を振るために製作されたのでないかと穿った見方をしてしまうくらいだが、一体どういう層がこうしたレコードを聴いていたのだろうか?

 これもおぼろげな記憶が元でしかないが当時大学の軽音部といえばフュージョンという偏見に近いイメージを僕は持っていた。こうしたレコードを聴くのはそのあたりの層しか僕には想像できない。女性シンガーの作品には歌モノフュージョンと呼びたくなるような内容のものも多い。少し前に中古盤の価格が高騰した二名敦子なんかまさに歌モノフュージョンだろうが、そもそもシティポップ系女性シンガーと言ってもそのルーツはさまざまだ。ジャズ系もいればソウル系もいる。そして、これは自分で掘ってみなければわからなかったことだが意外にもフォーク系出身のシンガーも多い。それらルーツの異なる実力派のシンガー達が同じハイクオリティーなサウンドの上でしのぎを削っている。数々のレコードを聴いて浮かび上がってくるのはそんな光景である。

 と、ここまで書いておいて、卓袱台を引っくり返すようだが、それらのレコード、好き嫌いでジャッジするとあまり自分で「好きだ」と思える作品は少ない。当時の自分が無縁だったのも無理はなくリアルタイムで聴かなかったことを惜しい思わされるような作品に出会うこともついになかった。

 そんな中、ここで紹介するいわさきゆうこのアルバム(キング / SKS-1048)は珍しく心安らぐ一枚であった。ごらんの通りジャケ無しの見本盤、まさか正規盤が出ずに終わったということはないと思うがまだジャケを見たことがない。

 もちろん、100枚買ってレコメンできるのがこれ一枚というわけではない。元「日暮し」の杉村尚美のソロ『NAOMI FIRST』なんかも良かった。