マヒトゥ・ザ・ピーポー : マヒトゥ・ザ・ピーポー: 第一回「MY LOST MEMORY」 - [2018-12-24]

せわしなく時間が流れ、「平成最後の」なんてフレーズが軽やかに飛び交う中、季節は年末へとあゆみを急いでいく2018年11月。風が揺らす窓、靴下の先端が冷えて気づくと丸めたりしてる。目まぐるしいそのスピードに足を絡めとられないよう、真夜中に深呼吸。寝れなくなってしまうくらい濃くて熱いコーヒーを入れ、久しぶりに引っ張り出してきたレコードに針を落とす。

Plushの『More You Becomes You』というアルバムは、Drag City Recordsから1998年に発売された彼のファーストアルバムになる。

子どもの落書きのようなジャケット、一発で録音されたのだろう、歌いながら、声が裏返り、その声に笑ってしまって、そんなゆるやかでいて人懐こい深淵さをあわせもったこの盤が音楽シーンを席捲することなど当時もなかっただろう。それでもコーヒーの湯気と絡み合って静かな夜に寄り添うよう、おぼつかないピアノの弾き語りは2018年の極東でも鳴らされている。わたしは、ピアニストではない者が、あの音の伸びるペダル(あれなんていう名前なのだろう?)をやたらと踏んで意味深にリバーブをかけてしまうあの癖が大好きで、あのペダルは上達していくと無駄に踏まなくなっていくから、踏みすぎることはピアノの世界ではダサいとされてるのではないかと勝手に思ってる。
久しぶりに針を落としたのには小さな理由がある。
TEASIの松井一平さんにDMBQの新譜の発売記念のFEVERワンマンで久しぶりに会い、わたしのバンドであるGEZANの新譜がSteve Albini録音であることなどから話は飛び火し、Plushの話題になったのだ。スティーブ関連でPixiesやNirvana、PJ Harveyなどの名前は想像がついても、開口一番まさかPlushの名前が聞けるとは思わなかったが、考えてみれば、その一音一音を確かめるように紡がれていく時間にはTEASIと近しいものがある気もしてくる。

その日の帰り道、自転車を漕ぎながら赤信号でふとSNSを開いてみるとLOSTAGEの五味さんが相変わらずの酔っ払いツイートをしていた。五味さんとも何かの拍子でPlushの話になり、その類似作としてKeith Richardsの『A Stone Alone』をオススメしたら、ブートでなかなか手に入りにくいそれを偶然手にすることができて、その感動を酔いの勢いに乗せて撒き散らしたようなツイートだった。
TEASIとLOSTAGEが実際に交わったことはないだろうが、音楽は評論家やメディアでは辿らない経路の曲線を描くことがある。音楽を感受しているのが心なのかはわからないが、評論なんて言葉では到底追いつけない、まだ多くは余白で未開なのだろう。音楽は時に国や時代、時空すらも超えて想像もつかない絵を描くことがある。なーんていうとちょっと大げさに聞こえるかもしれないけど、誰も興味などないと思っていたさりげない静かなこのアルバムがひと晩の中で、誰の役にも立たないようなさりげないドラマを見せてくれたのだからわたしは嬉しくなって、自転車を捨て、まん丸の月めがけてスキップでもしたくなったのだ。そういえば、DMBQのリリースもPlushと同じDrag Cityから!これは誰かのロマンチックな悪戯かもしれない。わたしの音楽もどこか遠くの世界でなにかのドキュメントに関わっているのだろうか?眩しいからかそんなに星の見えない東京の空を見上げてそんなことを思った。
ちなみにPlushの2ndはフルバンドセットで本人としては意欲作なのかもしれないが、全く良くない凡庸なロックバンドに成り下がる。名盤というのは本人の気持ちや意志とは関係なく作られるから、無駄な気は張らずに音楽とは関わっていたいと思う。

その最たるものが、まさに五味さんにオススメした、The Rolling Stonesのギタリスト、Keith Richardsの『A STONE ALONE』だ。

これはトロントで録音され、ドラッグでやらかして警察に逮捕されることが決まっている直前に教会などで録音されたものだと聞いた。Keithのコンディションは悪かったようで、ピアノの弾き語りはよれていて、ざらついた喉が震えて空気と擦れ、まるで懺悔のような切実さを持って円盤に刻まれたこれは、間違いなくブートの名盤で、聞いていると胸がいっぱいになってくる。やはりブルースはにじませるものではなく、にじみ出てしまうものなのだろう。これもPlush同様、話し声なども入っているラフな録音だが、いい音に正解などあるのだろうかと、Pro Toolsを使うのを当たり前にしているエンジニアにこそ聞いてもらいたい。
そのことを五味さんに伝えると、だから俺たちはマイノリティなのだと笑われた。
マイノリティだろうと、この静けさに気づけた人生の方が綺麗な景色をより多く見れるのではないかと思っている。目の前を通り過ぎていくバイクの集団。ヘッドライトが一瞬照らすカラスに食い散らかされたゴミ袋。不法投棄されずっと置かれっぱなしの洗濯機、その上にタギングされたグラフィティ。遅くまでやってる決してうまくはない中華屋。入口の半分ヒューズが飛んでるネオンがガラス扉に写す今日のわたし。生きた時間は平気で過去になり、思い出になり、しばらくすると思い出になったことすら忘れ永遠に開けられることのない引き出しの中にしまわれてしまう。鍵のありかなど忘れるほどの速度で時間は向かい風のように吹き込んでくる。その時間に反抗するためにわたしは針を落としているのだと思う。真夜中のこの時間だけは誰にも譲ってはいけない。そう思い、コーヒーカップに残った最後の一滴を飲み干した。コーヒーはとっくに冷めていた。
きっと失われる、そのことが約束された記憶のために、この連載は使ってみたいと思う。